ソーシャル・メディアをめぐる冒険 第13回 指導例「写真に簡単なキャプションをつけることができる」
【連載】ソーシャル・メディアをめぐる冒険〈毎月第4金曜日更新〉
第13回 指導例「写真に簡単なキャプションをつけることができる」
日本語教師のみなさん、こんにちは。
エドモントンはその日の最低気温が零度を下回る日が連続で166日を超え、観測史上最長の冬だといわれています。家の近くの雪もだいぶ解けてきてはいますが、東京の基準でいうとまだ冬のような気候です。みなさんはいかがお過ごしでしょうか。
さて、今日は「ソーシャル・メディアに投稿した写真に簡単なキャプションをつけることができる」という目標のために何を教えどのような授業をすればいいかを考えてみましょう。写真の共有というと Instagram が有名ですが、写真が投稿さえできればどのサービスでも構いません。
前にも書いたことがありますが、写真があれば言葉で説明する必要が少なくなるので、 日本語学習の初期からこうした活動を取り入れることができます。 また、日本語話者だけが読むわけではないような場所に投稿するにも、言葉だけのコンテンツだと日本語話者以外にとって意味がわかりませんから投稿しにくくなってしまいますが、 写真があればそのような問題もあまり心配しなくてよくなります。
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何を教えればいいのか
写真といえば日本人はあまり自分の写真をソーシャル・メディアに載せませんが、日本語学習者を始め海外の人はセルフィーが大好きですよね。セルフィーを投稿するときに初めて日本語で何かを書くとするのなら、やはり一番簡単なのは「私です」というキャプションでしょう。
もちろん海外の人といってもいろいろな考えの人がいますから、自分の写真をソーシャル・メディアに載せたくないという人もいるでしょう。 そのような場合について、 Shelly Sanchez Terrellはその著書「Hacking Digital Learning Strategies: 10 Ways to Launch Edtech Missions in Your Classroom」のなかで、自分のアバターを紹介するという方法について触れています。 アバターというのは、自分の実際の顔写真の代わりに使うイラストなどのことです。
ところで、セルフィーをたくさん載せている人にとっては、毎回「私です」だけでは物足りないですよね。それでは前の写真と何が違うのか、その写真で何が言いたいのかを伝えることができません。ここではいくつかのケースに分けてどのようにキャプションをつければいいかを考えてみましょう。
一緒に写っている人について
セルフィーを撮るのが好きな人のなかには、 自分だけではなく友達や家族やペットと一緒に撮った写真を載せる人も多くいます。 この場合、汎用的な言い方としては、以下のようなものが考えられます。
「友達と。」
「家族と。」
「妹と。」
「お姉ちゃんと。」
繰り返しますが、こうした言い方は写真のキャプションでない独立した表現としてはまったく意味をなしませんが、自分と一緒にその写真に写っている人の説明としては十分に機能するのです。また、このような表現は名詞に「と。」をつけるだけですので、日本語入力さえできるレベルであれば、誰でもすぐに投稿できるのではないかと思います。
また、ここでの目標は写真にキャプションをつけるということだけですので、 助詞の「と」がほかにどんなところで使えるかなどは授業で紹介する必要はないでしょう。
もし、もう少し複雑なことも書きたいという学習者がいれば、その人やペットの名前を入れるのもいいでしょう。
「友達のザイナブさんと。」
「ペットのポチと。」
この文型に慣れてきたら、もっと説明的な書き方もできるようになってきます。
「同級生のひろしくんと。」
「N大学のジョルト教授と。」
「人事課の田中課長と。」
「テニス部の佐藤先輩と。」
ところで、本題から離れますが、なぜか海外にいる日本のサブカルのファンの間ではこの「先輩」という語彙が非常によく知られていて、「自分に気がついてくれない人」という文脈で語られるのをよく見かけます。ご関心のある方は「Notice me senpai」 で Google などを検索してみると膨大な数の例を見ることができるでしょう。元ネタを知っている方は是非お知らせくださいませ。
さて、嫌いな人と一緒に写真を撮ってソーシャル・メディアに投稿する人はあまりいないと思いますから、セルフィーのキャプションは以下のような肯定的な表現を教えるのにも良い機会になります。
「大好きな花子ちゃんと。」
「尊敬する鈴木社長と。」
名詞の修飾節などがいきなり出てくるとびっくりする先生もいらっしゃるかもしれませんが、ここでの目標は「画像に簡単なキャプションを書く」ということだけなので、名詞の修飾節がほかにどのような場面で使えるかなどは教える必要はありません。
特定の場所、イベントからのセルフィー
では次に特定の場所でセルフィーを撮影して投稿するときのシチュエーションを考えてみましょう。旅行先などで Instagram に写真をアップする例などはみなさんもよくご覧になるのではないかと思います。
このとき、一番簡単な表現は以下のようなものでしょう。
「日本で。」
「学校で。」
「成田空港で。」
「渋谷駅で。」
「パーティーで。」
「お花見で。」
「女子会で。」
「送別会で。」
これも少し説明の表現を加えるだけでかなり普通の投稿らしくなります。
「同期の女子会で。」
「田中課長の送別会で。」
「バンクーバー・東京便の搭乗口で。」
場所と人を含んだキャプション
ここまで一緒に写っている人について述べる場合と、場所やイベントなどについて述べる場合について別々に書いてきましたが、これらはもちろん同時に使うことができます。
「上野公園で西郷さんと。」
「渋谷の駅前でハチ公と。」
「田中課長の送別会で同期の山本さんと。」
このように書いてみると かなりシンプルな文型でも語彙さえ調べればかなり自分の生活に沿ったキャプションを書くことができるということがおわかりになるのではないかと思います。
実際の教室活動
今回は文型はシンプルですが、語彙はあまり初級の教材では見かけられないものも含めた例文を出しています。また、学習者がキャプションに使いそうな語彙は非常に多様なので予め教材プリントのようなものをこちらで作って用意しておくようなことは難しいでしょう。
こうした場合に有効なのは、学習者自身のセルフィーを教材にするという視点です。もし上野公園の西郷隆盛の銅像の前でセルフィーを撮影するような学習者がいれば、その学習者にとっては「西郷隆盛」という人物の名前も自分に関係のある語彙になります。また、同じクラスのほかの学習者にとっても、まったく関係のない人物ではなく、少なくとも自分の同級生が何らかの関心を持って撮影した写真の背景に写っている人物というぐらいの関係性はあります。日本語学習の初期の段階では媒介語なしに西郷隆盛のことを深く説明することは難しいですが、 中国語や韓国語、ベトナム語などの Wikipedia ぐらいには載っていますので、インターネットの利用を禁止さえしなければ、どういう人物かを知るのはそれほど難しいことでもないでしょう。
経験が長い日本語教師なら、授業の最初に学習者にセルフィーを見せてもらって、すぐに例文を作って授業をすることもできると思いますが、まだ経験が浅いうちはあまり無理をせず、宿題としてセルフィーを何枚かずつ共有してもらい、そこから例文にしやすいものを選んで準備してから授業に臨みましょう。
■準備するもの
- 学習者が自分で撮影したセルフィー
- その写真に基づく例文3つから5つ程度
- 下記のタスクシート
■タスクシートの例
- タスク1
写真1: 西郷さん ハチ公 バータルさん 田中課長
写真2: 西郷さん ハチ公 バータルさん 田中課長
写真3: 西郷さん ハチ公 バータルさん 田中課長
写真4: 西郷さん ハチ公 バータルさん 田中課長 - タスク2
写真1: 送別会 上野公園 渋谷の駅前 お花見
写真2: 送別会 上野公園 渋谷の駅前 お花見
写真3: 送別会 上野公園 渋谷の駅前 お花見
写真4: 送別会 上野公園 渋谷の駅前 お花見
(選択肢は学習者の提出したセルフィーに基づいて決める)
授業の最初にまずこれらのセルフィーをプロジェクターなどで表示して、「これは誰ですか」「これはどこですか」などと質問し、スキーマの活性化を行います。
そして最初は特にタスクを与えずに、写真と一緒に用意した例文をひとつずつ聞かせましょう。今回は文字に関する行動なので、もちろん文字を見せてもいいと思います。
次に「〜さん(学習者)は誰と一緒ですか」というタスクを与えて、もう一度すべての例文を表示しながら聞かせましょう。(タスクシートのタスク1)
最後に、「これはどこですか。どんなイベントですか」というタスクを与えて、もう一度すべての例文を表示しながら聞かせましょう。(タスクシートのタスク2)
これでもし例文が5つあれば、それぞれ3回聞いていますから、合計で15回、「で」や「と」を聞いていることになります。これだけあればいわゆる「大量のインプット」として十分なのではないかと思います。
次に「少しのアウトプット」ですが、これは1度 Twitter や Instagram に投稿すればいいでしょう。もちろん新しい語彙が必要になったり、それにふさわしい日本語のハッシュタグなどを入れたりするときには、教師がサポートすればいいのではないかと思います。
その他に教えたほうがいい表現
さて、 ソーシャルメディアに投稿する表現としてはこれらで十分かもしれませんが、もし日本語話者と一緒に写った写真を投稿する場合は、これらの表現を知っているだけでは十分ではありません。肖像権などの問題もありますから以下のような表現も教えておくといいでしょう。
「すみません。写真、一緒にいいですか」
「すみません。シャッターをお願いします」(セルフィー棒を持っていない場合)
「ソーシャル・メディアに投稿していいですか」
それでは今回のコンテンツは以上になります。写真にキャプションをつけるというと最初は何をすればいいか見当もつかないこともあるかと思いますが、このように一緒に写っている人について書くとか、その撮影した場所について書くという風に分けていくと、具体的な授業の目処が立ってくるのではないかと思います。今回の例文はあくまでも仮定の上での例文にすぎませんので、ぜひみなさんの学習者から直接出てきた状況を利用して、それぞれにふさわしい表現を教えてみてください。
参考文献
Hacking Digital Learning Strategies: 10 Ways to Launch EdTech Missions in Your Classroom
「Senpai Notice me」の画像検索結果。
https://www.google.ca/search?q=senpai+notice+me&tbm=isch
近刊紹介
SNSで外国語をマスターする方法について筆者がまとめた書籍『冒険家メソッド』(ココ出版)が、近日刊行予定!!
《筆者》村上吉文 冒険家。これまで、国際協力機構(JICA)や国際交流基金からモンゴル、サウジアラビア、ベトナム、エジプト、ハンガリーなどへ派遣されてきた。2017年5月からカナダのアルバータ州教育省に勤務。ブログ「むらログ」(http://mongolia.seesaa.net/)では、日本語教育とICTに関する記事や、教育機関によらず自らの力で日本語を学ぶ「冒険家」たちについてのインタビューを発信している。
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