のぞいてみよう! 多読の世界 第2回 日本の大学の多読授業

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第2回 日本の大学の多読授業

「多読って、聞いたことはあるけど…」これから日本語教師を目指す方、現場に立つ先生方に、日本語多読をもっと知ってもらうための連載。

日本語多読支援研究会のメンバーが、すでに多読を行っている国内外の教育機関やボランティア教室の先生方の声をお届けし、日本語多読が持つ可能性についてみなさんと考えていきます。

第2回目は、日本語多読の実践レポート「日本の大学の多読授業」風景です。NPO多言語多読の会員で日本語多読支援研究会のメンバーでもある作田が、大学で支援者として実施している自分自身の授業の内容をご紹介します。

津田塾大学交換留学生の授業から

多読授業風景

「多読授業が、本をたくさん読む授業だということはわかっているけれど、実際の授業はどんな感じになるの?」 と、想像がつかない方もいらっしゃると思います。そこでまず、この動画をご覧ください。

静かに多読をしている津田塾大学の授業風景

シーンとしていて、ただひたすら本を読んでいます。これが多読の授業のもっとも中心になる部分です。ちょっと笑ったりする人もいるかと思えば、身動き一つせずに本を見つめている人もいます。みんな、本の世界にどっぷりつかっているのです。

もちろん、ずっとこうだというわけではありません。おもしろいことを見つけたら、友達に見せて笑いころげたりもします。

なぞなぞ絵本を見て笑い合う

お天気のいい日には、気分転換に校庭に出て、読書を楽しむこともあります。

木陰での読書

多読授業はインプットを増やすための授業です。より良いインプットのためには学習者がリラックスして楽しく読むことが大事です。自分が好きなことや興味のあることにのめり込んで読んだ言葉は、学習者の頭と心に蓄積し、「勉強」と意識することもなく身についていきます。動画で見ていただくと、授業では一見何も起こっていないように見えるかもしれませんが、実はこの時、彼らの中に、静かに降り積もる雪のように日本語がじんわりと染み込んでいっているのです

*多読について、より詳しく知りたい方はこちらへ!

最初にご紹介した動画は、津田塾大学の留学生の日本語の授業です。
津田塾大学の留学生は、ほぼ全員が交換留学生です。多読を実施している授業は交換留学生のための選択授業(1コマ90分×9回×4ターム)ですが、出身国はもちろん、日本語学習の経歴も、専門分野も、全然違う人たちが履修します。初級の人もいれば、上級の人もいます。文系の人もいるし、理系の人もいます。それでも、みんな同じ授業に参加して、それぞれが好みにあった本を選び、リラックスして読書を楽しんでいます。

授業の進め方

私はどこの大学で多読授業をするときも、初めて多読をする人には、日本語のレベルに関係なく、レベル0や1の本から読んでもらっています。特に最初のうちは、表紙の絵を見て選べるように、ズラーっと机いっぱいに本を広げます。好みのものが選びやすいように、「日本の昔話」「知識・情報」「小説」などとジャンル別に分けたり、「悲しい」「おもしろい」など、内容の傾向で分けたりして、学習者が選びやすいように置きます。

授業が何回か進むと、それぞれがどんな本が好きかわかってきますから、好みに合わせて日本語母語話者用の絵本や児童書、マンガなども持っていきます。

ジャンル別に分け、表紙が見えるように置いた本

絵本や児童書は、この人にはこの本、あの人はきっとこれが好き…と、支援者の私があちこちの図書館で本を探して持って行くようにしています。もちろん、この人のためにと持って行ったのに、当人が全然見向きもしてくれず、思わぬ人が思わぬ反応をしたりと、学習者の好みを当てるのは簡単ではありません。それでも、好きな本に出会って夢中で読みふける姿を見ているのは、多読支援者として喜びを感じます。

ご存知のように、マンガやアニメから日本語学習に入る人も今は少なくありません。そのためか、国で母語で読んだマンガを、原語の日本語で読んでうれしそうにする人もよくいます。

かつて母語で読んだマンガを日本語で!

地域の図書館も利用

津田塾大学は近所に児童書の蔵書が豊富な公立図書館(津田図書館)がありますから、夏休み前の授業では、クラスみんなで出かけて行って、自分で本を選んで読みます。すると、学習者が自分で選ぶ本に、支援者の私が思いもよらないものがあって、「そういう本が読みたかったのか!」とびっくりすることもあります。おしゃれの大好きな人が、メイクアップのハウツー本やファッションの本を何冊も選んでいるのを見た時は、「この人がファッションやメイクに興味を持っていることを知っていたというのに、どうして私は思いつかなかったんだろう」と自分でも自分のマヌケぶりに嘆息しました。

友達の国の本を読む

同じ授業を取っている友達の国に興味を持って、図書館でその人の国についての本を探してきた人もいました。本人に追加の知識を教えてもらいながら読んでいます。このような本を通した学習者同士の交流も、多読授業ならではの姿だと思います。

文京学院大学留学生の授業から

津田塾大学では地域の図書館を利用していますが、次にご紹介する文京学院大学では、図書館の中に使えるスペースがあるため、学内図書館内で多読授業を実施しています。

こちらは学部留学生と交換留学生が混在する選択授業(1コマ90分×15回×前後2期)です。こちらも出身地域や母語はさまざまです。

学内の図書館での多読授業

図書館内の教室での多読授業

図書館での多読のいいところは、本がたくさんあるだけではなく、視聴覚資料も手軽に利用できることです。特に文京学院大学の図書館はアニメ映画が豊富です。

多読では、たくさん読むだけではなく、たくさん聞いたり観たりすることも重要だと考えています。そのため、多読授業では、映画などの動画を「多聴・多観」することもあります。せっかく環境が整っている大学ですから、この授業では多聴・多観を導入しました(以下、多聴・多観で動画などを見ることを「観る」と表記します)。すると、留学生たちは前から観たかった日本の映画をじっくり観たり、友達といっしょに一つの映画を観たり、自由自在に楽しんでいました。

一人で観る
二人で観る

多読に慣れてくると、その日の体調や気分に合わせて、映画にしたり、本にしたり、自分で素材を選んで自律的に多読ができるようになってきます。字を読んでも頭に入ってこないような日は映画にするとか、じっくり読みたい日は読書にするとか、それぞれが自分で決めて多読・多聴・多観に取り組んでいました。

今日はじっくり読書

やがて、その場にある本や映画を選ぶだけではなく、自分で探してくる力もついてきます。自分で本を買って持ってきたり、友達が勧めてくれたドラマをわざわざ自分のPCを持ってきて観たり、アルバイト先の店長さんが勧めてくれたマンガを持ってきて読んだりするようになりました。

店長がおもしろいと言って貸してくれたマンガ

ブックトーク

それぞれの好きなやり方で日本語の世界に浸る授業ですが、最後にはその日に自分が読んだり観たりしたものを紹介し合います。ブックトークの時間です。これも、文京学院大学の授業だけではなく、私が他の大学で行っている多読授業でも、この時間をもつようにしています。

ブックトークの時間

ブックトークの時間には、こういう本を読んだ、こういう映画を観た、こういうことを考えた、などと話し合います。同じ本を読んでも、同じ映画を観ても、感想は人によって全然違います。時には全く反対の感想が語られることもあります。

話し合いの中では「この主人公の行動は私には不思議に思えた」「こういうところは日本も私の国も同じだ」などという感想がよく出ますが、そうすると、それぞれが出身文化も個性も違うので、「えー、ちょっとわからない」「それは私の国では…」などと議論が始まることがあります。

読んだり観たりしたことを材料にして、日本だけではなく互いの文化を紹介し合い、視野を広める留学生たち。彼らが、同じ場を共有し、互いの考えを知ることによって、化学反応が起こるように、発見し、気づき、思索を深めていくブックトークは、支援者の私にとってもワクワクするような刺激的な時間でした。

学習者の感想

そんな彼らに多読授業の感想を聞きました。

多読授業の感想を話す学生たち1

「映画も観られるからよかった。音声が出るから集中できます。本も音声付きの方が集中できました。発音もわかります」

「日本に来てから本を読み始めました。日本に来る前は文法とかを勉強するほうがいいと思ってずっとしてきたんだけど、ここに来て、本を読めば読むほどおもしろいし、言葉とか諺とか相づちとか、日常生活の中で自然に言えるようになった」

「多読のいい点は自分のスピードに合わせて読むことができること。止まりたい時、休みたい時、自分で自由にできること」

多読授業の感想を話す学生たち2

「本を読みながら漢字とかも覚えられますね」

「日本の本を読んで、少しずつ日本人の考えがわかるようになりました」

「他の文化を知るのが楽しかった。文化とか、人の生活とかのことを知ることができました」

「多読は知識が得られるだけではなく、話すことにも役に立ちました。話すのが早くなりました。ゼロレベルから読んだことで、読むのも速くなりました」

「本が多くて選べないけれど、ほかの人の感想を聞くと、あ、この本を読みたい、と思うことがあるから、たくさんの人と本を読めば、その人たちの感想が聞けて、本を選ぶことができて、選びやすいです」

多読授業の感想を話す学生たち3

このような声は、特別なものではなく、他の多読授業の感想でもよく聞かれるものです。彼らの声から、多読が学習者にどのような効果をもたらすのか、その片鱗をわかっていただけると思います。

日本の様々な大学における多読授業の取り組み

今、日本国内の教育機関で、もっとも日本語多読が広まっているのは、大学ではないかと思います。

そこで、上で紹介した大学以外の多読授業の様子についても、担当する教師のみなさんから一言ずつそれぞれの大学での取り組みについて紹介していただきます。

拓殖大学・大越貴子先生

以前から読解の授業の一部などで「多読」を取り入れていましたが、2019年度からは、別科日本語教育課程の時間割に、初級・初中級学生を対象に、週に90分2コマ『日本語(多読)』として、取り入れることができました。多読学習には最適な枠組みの選択必修の1科目です。

多読授業におけるアウトプットのやり方は、教師が提案をし、学生の賛同を得て、ブックトークや読み聞かせをするという方法で進めていました。しかし、学期末の多忙な時期に、学生たちが読んだ作品を基に、自分たちなりの創作活動に取り組みたいと自発的に言い出したことは、予想外の驚きでした。自律学習である多読授業の発展性を大いに実感しています。

今年度から、多読専用の教室として、自習室(多読)を設置し、現在、本の貸し出しのための登録システムを導入するなど、環境整備をさらに進めています。

東京外国語大学・西島絵里子先生

この多読授業は週1コマ(90分)を使い、3クラス(初級前半~初中級)の学生を対象にして行いました。受講者の半数は研究留学生(半年間の予備教育後、日本の大学院入学予定の学生)、残りの半数は学部と大学院の交換留学生でした。学期中に複数回の交流授業を取り入れたため、ゲストの日本人の方の参加も多かったです。留学生は日本人参加者を交えてブックトークをしたり、読書中にも話しかけて本について質問したりしていました。

学期終了時には自分が好きな本についてその続編を書くという課題を出しました。こちらが全く指導をしていないにも関わらず、学生それぞれが創造性を発揮し、非常におもしろい話を作り上げていたので大変感心しました。

授業最終日のクラスアンケートでは、ほぼ全ての受講者が授業について「楽しかった」「おもしろかった」と回答していました。多読授業は他の日本語の授業に比べて教師の働きかけが少なく、学生主体の活動が多いです。そのため、学生がより満足感を感じることができたのではないかと思います。

名古屋経済大学・横山りえこ先生

通常カリキュラム内の授業で実施しています。授業のポイントは「協働学習を大切にしていること」です。興味関心のある本を読んでいると、その本を紹介したい、誰かに聞いてほしい、という気持ちに自然となりますが、個人で進めていると、良いインプットができても良いアウトプットにつながらないと思います。

クラスメイトなど他者と共に多読授業を行うことで、独りよがりなアウトプットは減り、相手を思いやる気持ちや相手にとってわかりやすい表現を使うなどの姿勢が養われます。この姿勢は多読授業だけでなく、学校生活・社会生活において大変役立つものだと考えています。

*横山先生がNPO多言語多読のブログでお書きになった実践報告はこちらです!
日本語多読実践報告 ~ 名古屋経済大学

神田外語大学・高橋亘先生

神田外語大学留学生別科では、選択授業の一部(90分×週1コマ×14回×前後2期)として、入門・初級前半レベルの学習者を対象に多読・多聴が行われています。前半は聞く時間とし、学習者が自律的にリソースを選べるようにしています。その中に多読用図書の聞き読みを取り入れています。聞き読みは、特に仮名を覚えたての学習者に大変好評で、非常に多くの学習者が行っています。後半は、多読の時間とブックトーク等のアクティビティの時間に充てています。

東京学芸大学・桂千佳子先生

東京学芸大学留学生センターでは、2017年から、初級後半~上級の様々なレベルのクラスで多読を取り入れています。上級クラスであっても、レベル別読み物の0レベルから読み始め、学期の後半には市販本の中から好きな本を選ぶようになります。好みの本を選ぶことに慣れた頃、学内の図書館でも授業をします。好きな本を買ったり、図書館から借りてきたり、楽しそうに自分から本を用意する姿も! また、母国の生徒や後輩のために、自ら厳選して、レベル別読み物や市販本を買って帰る学生もおり、授業の枠を超えた広がりを見せています。

聞き読みをする初級の学生

大学で多読を取り入れやすい理由

大学で多読が広がりやすい理由はいくつか考えられます。一つは、授業の内容に関して、教員の裁量が大きい場合が多いことではないかと思います。また、それに関連したことですが、JLPTなど試験の対策に追われたりしていないため、腰を据えて日本語のインプットに取り組めることです。さらに、本にせよ映画にせよ国内の大学の日本語教育では、表面的な文法や語彙などだけではなく、言葉で表された中身についても、考えたり、ディスカッションしたりする授業が行われることがもともと多いことも関係がありそうです。中身そのものを楽しむことを重視する多読は、このような大学での学習のあり方と親和性が高いのだろうと思われます。

上述の学習者の一人も話していますが、多くの学習者にとって、大学に入るまで、または、日本に留学してくるまで、日本語学習とは文法や語彙を覚える「勉強」であるようです。多読授業では、その「勉強」した日本語が、生きた言葉として息を吹き返すのです。

しかし、だからといって、多読をするのは大学でなくてもいいはずです。例えば、アニメやマンガが好きで日本語学習を始めたものの、学校で勉強している日本語はなんだか違うものだったとがっかりしていた人も、多読をすれば、アニメも漫画も同じ日本語学習の一つの輪の中に繋げられます。

母語で観たジブリのアニメをフィルムブックで日本語で読む

初級の教科書だけでガリガリ勉強していた人が、多読の本を読んで「自分の知っている文法と単語で本が読めるんだ!」と驚き、喜んで、日本語学習の意欲を強めることも少なくありません。

多様な母語、レベル、学習目的の学習者が共存し、のびのびと多読・多聴・多観を楽しむ多読授業は、支援者である教員にとっても喜びの多い授業です。学習者がこんなに自由でリラックスして学ぶ様子は、ほかの形の授業ではなかなか見られないと思うからです。この充実感を未経験の方は、ぜひ多読授業を試してみてください。

今回は国内の大学で行われている多読授業の実践をご紹介しました。

さて、次回は日本語学校で行われている多読授業に潜入します。どうぞお楽しみに!

取材・編集:日本語多読支援研究会

日本語多読支援研究会は、NPO多言語多読の中のグループです。NPO多言語多読の会員の中で、特に日本語多読の研究普及を目指すメンバーで構成されています。

【今回の担当】作田奈苗(さくた・ななえ/津田塾大学、文京学院大学等 非常勤講師)NPO多言語多読のスタッフとして、多読用の読み物作成、ワークショップ・デザインなどで活動中。首都圏の大学で非常勤講師を勤め、留学生の日本語や日本語教員養成課程の授業を担当しています。多読を始めたきっかけは、非常勤講師として勤務する東京外国語大学の構内で課外活動として実施されていた多読にたまたま行き当たったこと。それまで自分の実施する読解授業に疑問を持ち、行き詰まりを感じていたので「これだ!」と飛びつきました。以後、自分の授業に多読を取り入れ、NPOの活動に参加し、すっかり多読にのめり込んでいます。

*この連載は、JSPS科研費 19K20963の助成を受けています。

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