のぞいてみよう! 多読の世界 第1回 多読ってなんだ?

最終更新日

第1回 多読ってなんだ?

「多読って、聞いたことはあるけど…」これから日本語教師を目指す方、現場に立つ先生方に、日本語多読をもっと知ってもらうための新連載。

日本語多読支援研究会のメンバーが、すでに多読を行っている国内外の教育機関やボランティア教室の先生方の声をお届けし、日本語多読が持つ可能性についてみなさんと考えていきます。

取材・編集:日本語多読支援研究会

日本語多読支援研究会は、NPO多言語多読の中のグループです。NPO多言語多読の会員の中で特に日本語多読の普及を目指すメンバーで構成されています。

メンバー(50音順)
粟野真紀子(NPO多言語多読理事長)
片山智子(東京大学、成蹊大学など)
作田奈苗(津田塾大学、文京学院大学、東京外国語大学など)
高橋亘(神田外語大学留学生別科)
纐纈憲子(米国ノートルダム大学)

【今回の筆者】高橋亘(たかはし・わたる/神田外語大学留学生別科 講師)日本語多読支援研究会のメンバーで、現在は留学生に対する日本語教育を担当中。2010年夏に日本語多読に出会い、ベオグラード大学(セルビア)で課外活動として授業外多読活動を始める。その後、中国や国内大学で活動支援に携わる。学習者が多読活動を終えた後の自律的な多読や、支援者が感じる意識について興味がある。

多読って、聞いたことはあるけど…

最近このような声を耳にします。
2006年に『日本語多読ライブラリー』シリーズ、さらに、2012年に『日本語教師のための日本語多読入門』(共にアスク出版)が出版され、日本語教育の現場でも「多読」が徐々に知られるようになってきました。

『レベル別日本語多読ライブラリー』公式サイト

ただ、その後にこんな声も聞こえてきます。「一人ひとりが好きなものをただ読むだけ?」「本当に読む力がつくの?」…。
そこで、多くの人に多読をもっと知ってもらいたいと、ウェブマガジンの連載を始めることにしました。

大切にしたい2つのこと

1)支援者の声から様々な形態の多読を、良さも大変さも紹介したい

日本語多読は毎日のように現場で行われています。『日本語教師のための日本語多読入門』(アスク出版)刊行から7年経ち、国内や海外の日本語教育機関をはじめ、ボランティア教室、図書館などで様々な実践が行われるようになってきています。
そのようなバラエティー豊かな実践を、支援者の生の声を大切にしてお伝えします。

2)多読が持つ様々な可能性を考えていきたい

私たち日本語多読支援研究会では、多読が持つ可能性が日々議論されています。それは、多読による「読みの力」や「読解力」とは何かということはもちろんなのですが、多読によって引き出される「自律性」や「創造性」などについての議論まで含まれています。つまり、多読には、語学力はもちろん、言語を超えた大切なものを育む力があるのではないかと考えています。

連載では、国内外の事例を紹介しながら、このような多読が持つ様々な可能性について、読者のみなさんと一緒に考えていけたらと思っています。

多読ってなんだ? ― NPO多言語多読
理事長 粟野真紀子さんインタビュー

記念すべき第1回は、NPO多言語多読(以下、「NPO」)理事長である粟野真紀子さんにお話を聞きました。多読って一体何なのか、やさしく噛み砕いてもらいました。

粟野真紀子(あわの・まきこ/NPO多言語多読理事長)日本語学校で日本語教師を務めるかたわら、2002年より日本語多読普及活動開始。2006年以降、多読向け図書『日本語多読ライブラリー』(アスク出版)の執筆監修を行ってきた。2016年には新シリーズ『にほんご多読ブックス』(大修館書店)を刊行。共著書に『日本語教師のための多読授業入門』(アスク出版)がある。現在、NPO多言語多読理事長として、国内外のセミナー等で多読普及に努めている。

「読解」授業に疑問を持ったことがきっかけでした

ー 粟野さんは2002年に日本語多読支援を始め、17年間、日本語多読のフロントランナーとしてご活躍中です。多読を始めたのには、どんなきっかけがあったんですか。

粟野:それまでやってきた「読解」授業に疑問を持ったことがきっかけでした。中級以降の読解授業がうまくいっていないという思いがありました。教える方が熱心に説明しても学習者の心に届いていないというか。学習者は一生懸命わかろうとはしているんだけど、腑に落ちない顔をしていて、学習者も先生もお互いに不幸な感じの授業になっていました。

多読用の読みもの作りから始めなければならなかったんです

粟野:そんなとき、やさしいものからどんどん楽しく読むという英語多読の存在を知って、日本語教育でも多読をやってみたいと思うようになりました。ただ、英語多読は豊富なレベル別の本がたくさんあったのですが、日本語には多読に向く読みものがなかったんです。なので、まずは多読用の読みもの作りから、始めました。
2004年頃の多読用読みもの
2004年夏 読みものの手作り製本風景
粟野:年かけて勤務先の日本語の先生と20冊ぐらい読みものを作成して、選択科目として多読授業を2回、計10時間やってみました。英語多読にならって、一人ひとりが思い思いの本を手にとって辞書を使わずに読む、教師はそれを見守るという授業を目指しました。

ー まさに日本語多読が始まった瞬間ですね。学生たちの反応はどうだったんですか。

粟野:みんな集中してよく読みました。そして、2回目の選択授業終了後に、「この授業をもっと続けてください」と学生たちに言われたんです。こんなこと言われたのは後にも先にも初めて。教師が何も教えなくても、多読って授業として成立するんだと手応えを感じました

学生の顔が輝いていたんですね。

粟野:はい。それで翌年、担任の教師と相談して、学生にはまだインプットが必要な時期だと判断して、中上級のクラスの正規授業に取り入れました。一週間に一度、2コマ、100分をあてました。はじめは自作の多読用読みものと児童書やマンガを段ボール一箱分、教室に準備しました。それでも教師が教えないこの授業、果たして学生たちに受け入れられるかどうか、かなり緊張しました。

それで、授業が始まった後はどうだったんですか。

粟野:それが、授業開始時間になってドアを開けると、全員が既にしーんとして黙々と本を読みはじめていたんです。この集中力を目のあたりにして、自由に読む、読めるというのがこんなにも楽しいのか、学習者はこのようなことに飢えていたんだということを痛感しました。

*多読を始めたときの体験については、粟野さん達が2008年に出された「多読のすすめ」も、ぜひご覧ください。

「多読のすすめ」こちらから!

2004年 冬(上)と夏(下)の多読授業の風景(JET日本語学校)

ことばは、それぞれの経験として蓄積しないと身につかない

粟野さんは、多読を始める前にはどのように読みの授業をしていたんですか。多読は、それと根本的にどう違ったんでしょうか。

粟野:多読と出会う前は、用意した教材を一斉に読む読解授業をして、学生がある程度反応を示してくれれば、授業がうまくいったと感じていました。でも、それも結局は自分の準備や投げかけがうまくいったから、といわば自分を評価していただけだったと思います。
ところが、多読を始めると、一人ひとりを見守るので、読んでいるときにこんなことを考えているとか、学生一人ひとりの読み方の傾向や好みまでわかってきました。読めないのは、難しいからじゃなくて、興味がないからとか…。「ああ、今まで学生たちのこと、何も見ていなかったな」と、教えられることばかりでした。それで、ますます多読にはまっていったんです。

一人ひとりが思い思いのものを読む、そのことが教室の風景を一変させた、ということでしょうか。

粟野:その通りです。読みの授業の主役が、一気に学生になったことで、読むってどういうことか初めて私もわかってきました。ことばって、一人ひとりの頭や心に、それぞれの経験として蓄積しないと身につかないと思うんです。そして、教えられた知識や情報も自分で使ってみないと。それはわかってはいたけれど、学生たちにどうしたらやってもらえるかはわかっていませんでした。ただ、「できるだけ日本語を使いなさい」「日本語の本を読みなさい」と言うだけで。多読なら、その経験が教室の中でできると思いました。

それぞれが本を通して得る経験の蓄積というものが大切なんですね。

日常生活で読むといったら、それぞれが好きなものを読むこと

2010年頃のJET日本語学校での多読授業(上)としんじゅく多文化共生プラザでのボランティア多読クラス(下)

目を輝かせて読む学習者の姿を目の当たりにしてから、「読む」ことに対しての感じ方も変わっていったんですね。

粟野:ええ、先ほども言いましたが、とても変わりました、というか目が覚めました(笑)。これまでの読解では、教科書のひとつの読みものを教室の全員に読ませていましたが、全員でひとつのものをゆっくりと読んでいくというのは相当、「読む」という行為からかけ離れていたと思います。日常生活で読むといったら、それぞれが好きなものを読んだり、必要に応じて読むわけですよね。

たしかに、私も日常生活では自分が好きなものを読みますね。

粟野:さらに読む力は、このような「読む」行為をたくさんしなければついてこないのに、それをさせてこなかったと思います。私たちが受けてきた英語の読解授業でも、語彙や文法に注目する分析的な読みの練習ばかりで、一冊の本が楽しくまるまる読めるような力は全然つきませんでしたよね。

はい、英語で一冊の本が楽しく読めた経験ってほとんどありませんね。

粟野:多読は学習者が一人でやることで、学校でやることではない、という批判もあると思います。でも、従来の学習スタイルに「多読」はなかったから、いきなり一人で好きなものを読めと言ったところで、学習者は読めませんよね。一語一語辞書を引きながら読んで、途中で投げ出すのがオチではないでしょうか。そこで、教師がある程度手助けする必要があると思います。

粟野さんが多読支援した学習者は数百人になるそうですが、これまでにどんな学習者がいましたか。

粟野:読みながら感動のあまり泣いてしまう学生や、壁のほうに向かって声もかけれらないぐらいマンガや小説に没頭する学生が何人もいました。マンガや小説を楽しむ人が増えたので、学習者が自分で本を買うようにもなりました。多くの学習者が読むことが好きになったと言ってくれましたね。

壁に向かって本をずっと読んでいるなんて、相当集中していますね。

粟野:ピタリとも動かなかったんですよ。また、多読をしたら話すこと、書くことが楽になったという喜びの声が届いています。日本語を学びはじめたばかりの学習者がひらがな・カタカナ・漢字など、文字をたくさん目にすることによってそれらを自然に覚えていく姿もたくさん見てきました。

多読は文字習得にも影響を与えているんですね。

粟野:そうなんです。その他にも、例えば多読にハマって難関大学にも合格する学生がいました。本に感動するとか、ハマる経験って、その瞬間は言語を超えた無意識のところで本と向き合ってコミュニケーションをしているんだと思うんです。その経験をたくさん積むことが多読なんだと思います。日本語の力は、結果的についてくると考えています。

「学習者の声」こちらから!

読むことに抵抗がある学生はいましたか?

粟野:もちろん、読むことに抵抗があったり、すぐ寝てしまうという学生もいましたが、全体からみると、ごく少数でしたね。

へえ、全体から見るとごく少数というのは意外な情報です。

粟野:ただ、どうしてこの授業をやるのか、多読の目的や意義をうまく伝えられなかった高校生のクラスなどでは失敗したこともあります。

多読の目的をうまく伝えられるかどうかも重要なポイントなんですね。

4つのルールは、本の世界に没頭するために必要

では、次に多読はどのように行っていくものかについて、聞いていけたらと思います。

粟野:はい、多読のミソは、「一人ひとりが別々の本を楽しく読む」ことなのですが、そのために日本語多読の4つのルールがあるんです。

【日本語多読の4つのルール】

1)やさしいものから読む 

2)辞書を引かないで読む 

3)わからないところは飛ばして読む 

4)進まなくなったら、他の本を読む

粟野:従来の「お勉強」の方法が身についている学習者には、最初はきついルールでしょう。特に「辞書を引かない」ということに抵抗がある人は多いですね。「すべてわかりたいのになぜダメなの?」と怒り出す人もいる(笑)。

これまでの読みの教育からは考えられないルールですもんね。

粟野:最初から厳しく守らせようとは思いません。ただ、これらは、本の世界に没頭するために必要なルールだと思っています。難しいものを手にとってしまうと、なかなか本の世界に入れません。また、辞書を引きながら読むと、やっぱり本の中に入り込むことを阻害してしまうんです。さらに、わからないところにこだわりすぎる読み方をしていると、同じように本の中に入るのを邪魔してしまいます。だから、じわじわとこれができるように誘導していきます。読むことに慣れてくると、だんだん自然にこのような読み方になっていきますね。

だからこそ、このルールが大切なんですね。

支援者の4つの役割って?

では、多読のときに先生やボランティア等の支援者は、何をしたらいいんでしょうか。

粟野:まずは、本と場所の確保という多読ができる環境づくり(役割1)が大前提です。『日本語多読ライブラリー』シリーズをはじめ、絵本、児童書、マンガなどを用意します。オンラインで探せる無料の読みものも増えてきていますね。

ウェブ上で無料で入手できる読みものはこちらから

レベル別の多読用図書と絵本

環境づくりはとても大切なんですね。では、多読授業が始まった後は、どのようなことに気をつければいいですか。

粟野:授業中は、本とうまくコミュニケーションができているか、一人ひとりが読んでいる様子をよく観察します(役割2)。例えば、ずっと同じページを読んでいるとか顔をしかめている学習者は、うまくコミュニケーションができていない可能性が高いんです。

顔をしかめて読むこともあるんですね。自分もそうしてること、あるかも…。

粟野:その時は「どうですか」と声をかければ、たいてい「おもしろい」とか「難しい」とか答えが返ってきます。それを聞いて、4つのルールに沿うように、さりげなく、根気よくアドバイスする。これが支援者のとても大切な仕事です。

学習者への声かけ動画も公開されています。

さりげなく、根気よく、ですね。

粟野:ええ、読みたい人と読みたい本がマッチすれば、夢中になるんです(役割3)多読用の読みものの中に『ハチの話』というのがあるのですが、学習者にとても人気があるんですよ。たとえ日本語を勉強しはじめたばかりの初級の学習者でも、読んでいくうちに「かわいそうだなあ」とか「けなげだなあ」という気持ちになっていくんですよね。

映画化もされたので、世界的にも有名な話ですよね。

粟野:感動体験とか共感があったら、もっと本が読みたくなる。支援者はこういう循環をつくるにはどうしたらいいか、知恵を絞ります
『ハチの話』(「レベル別日本語多読ライブラリー レベル1 Vol.1」アスク出版)

そうですか。でも自分で面白い本を探して、自分で読めるようになるのはけっこう難しいですよね。

粟野:はい。だから多読支援の説明をするときに、よく水泳に例えるんです。

水泳??

粟野:泳ぎ方を畳の上で丁寧に教えただけで、いきなり水に入らせてもうまく泳げませんよね。自分で泳げるようになるためには、ライフガードがいるところで、浅いところで、まずは水遊びを楽しむ。それから手を添えてあげて少しずつ深いところへ導いていく。そのうち手を離しても自分で泳いでいけるようになる。もし溺れそうならライフガードがいつでも浮き輪を投げてあげる。

ほうほう、つまりこれを多読に置き換えると…?

粟野:多読の読み方に慣れていけば、学校を卒業してからも自分で本を選んだり、読み方をコントロールできるようになっていくんです。ちょっと無理だなと思えば、少し浅いところ、つまりやさしい本に引き返すとか。だから、支援者は、手取り足取りは「教えない」けれど、上手に支援してあげる、学習者を導いてあげるというのが、役割なんだと思っています(役割4)

なるほど、学習者を自律して読めるように導くということですね。

粟野:はい。そして、「教えない」の中には、「テストしない」ということも含まれています。教師は、正しく読めているかどうかが気になって、つい確認したりしがちですが、それをすると学習者の自分本位の読み方が変わってしまいます。「多読」ではなくなる。実は、読むということには正解はないんじゃないでしょうか。自分なりの読み方でいいと思うんです。

学習者自らが楽しく読み進めていくことが重要なんですね。

【支援者の4つの役割】

1)多読ができる環境づくり

2)一人ひとりが読んでいる様子をよく観察する

3)学習者と読みたい本がマッチする状況に置く

4)手取り足取り「教えない」けれど、学習者を導いてあげる

多方面にわたるNPO多言語多読の仕事

粟野さんは2006年にNPO法人日本語多読研究会(現NPO多言語多読)を設立されました。現在は理事長として、日々多読の普及に奔走していますね。

粟野:年にだいたい6~7回のペースで「多読授業と読みもの作成」入門講座を、東中野のNPO多言語多読の事務所で行っています。

ー そうなんですね。

「NPO多言語多読」
公式サイト

*「多読授業と読みもの作成」入門講座の開催案内はこちらから!
*これまでの講座報告はこちらから!

多読授業入門講座での読みもの作成ワークショップ

粟野:その他、国内の国際交流協会、海外の大学や教師会で多読についてお話することも増えてきました。

国際交流基金クアラルンプール日本文化センター(マレーシア)での多読研修の様子

粟野:今後は、まだまだ読みものが少ないので、読みものを増やすとともに増やすシステムを考えること、そして、国内外にもっと多読を普及することが課題です。

ー 読みものの制作、多読の普及…と、お仕事は多方面にわたりますね。私も少しでもお役に立てればと思います! 今日は長い時間、どうもありがとうございました。

粟野さん(右)とインタビュアーの高橋(左)

ここまで、粟野さんへのインタビューをお伝えしました。
なお、日本語多読の考え方や活動は、NPO多言語多読のホームページブログにも詳しく載っています。こちらもあわせて読んでいただけたら、より楽しく、わかりやすくこれからの連載を読んでいただけるかと思います。

さて、次回は実際に多読授業を行っている教育機関にお邪魔して、その様子をレポートします。どうぞお楽しみに!

*この連載は、JSPS科研費 19K20963の助成を受けています。

シェアする