地域の日本語教室に参加してみました!―大学と地域をつなぐ学び合いの場「VEC(Villa Education Center)」

最終更新日

取材・文 いどばた編集部

地域の日本語教育の今を知るため、今回は高田馬場にある日本語教室、Villa Education Center(通称VEC)にお邪魔しました! まずは、VECにまつわるアレコレをご紹介します。

教室プロフィール

名称 Villa Education Center(VEC)
高田馬場でビルマ料理店 「ルビー」を営むチョウ・チョウ・ソーさんが、日本語教育を専門とする松尾慎先生(東京女子大学教授・VEC代表理事)と立ち上げた団体。
ビルマ・ミャンマー難民の日本語学習を支えるため、2014年から活動を続けてきました。2020年には活動の幅を広げるため、任意団体となりました。現在は、日本語教育を学ぶ東京女子大学の学部生や大学院生らが中心となって運営しており、ミャンマーにルーツを持つ方だけではなく、パキスタン、中国、インドネシアなど、様々なバックグラウンドを持つ方が参加されています。

活動を始めて9年目。活動回数は388回にのぼり、およそ500名の方が参加されました(2023年6月6日現在)。

活動内容

活動内容の中心は、ニュースなどから選ばれたテーマについて日本語で話し合う活動と、基礎レベルから学べる日本語教室の2つ。

左の写真は、話し合う活動のフィールドワークとして、近所のスーパーへ防災グッズを見に行く様子です。

活動内容については以下に記載しております。もっと詳しく知りたい方は、VEC公式ホームページへ!

日本語で話し合う活動は、文化的背景にかかわらず、対話を通して学び合うという、VECらしさを存分に味わえる内容です。

今回いどばた編集部は、日本語で話し合う活動に参加させていただきました!

 

いざ、教室に潜入。

まるで下町のおばあちゃんの家のような小さな部屋に、参加者らが集います。ここでは肩書きは必要なく、上下関係もなく、誰もが安心して学び合う場所として存在している日本語教室です。教室の隅には、参加者らの今年の抱負が飾られていたり、ミャンマーの仏壇があったり。アットホームな雰囲気が漂っています。

教室の一角に設けられた棚には、仏像が鎮座しています。ミャンマーには敬虔な仏教徒の方が多くいるため、このような光景はあるあるなんだとか。

では、VECの活動の中心である、日本語で話し合う活動について、順番にみていきましょう。

1. まずはアイスブレイク! ~自己紹介&活性化の時間~

当日の参加者は全19名でした。

参加者がそろったところで、さっそくアイスブレイクがはじまります。

ここではVEC代表理事の松尾先生がファシリテーターです。まずは、自分の名前と、その日の朝食についての紹介。長机を囲んで、順番に話していきます。


皆の朝食メニューは、納豆、ドライフルーツ、ミルクティー、バタフライティー、ヨーグルトなど、本当に様々です。朝食という身近なテーマによって、参加者同士の心の距離がぐっと縮まりました。


そして、次の質問は、「人生の最期に食べたいもの」についてでした。「なんだろう…」と思い悩む参加者たち。
ドリアン、味噌汁と鮭のおにぎり、ビリヤニ、お寿司、海鮮パスタ、チーズケーキ、マンゴー。様々な料理名と、その理由が挙げられました。
参加者は、答えに共感したり、「それ何?!」と初めて耳にする食べ物を検索したり、生き生きと活動に取り組んでいました。


「じゃあ、この映画は見たことある?」
そういって次に先生が見せてくれたのは、映画『最高の人生の見つけ方』の画像でした。
簡単なあらすじを紹介したのち、先生は次のように切り出しました。
「今日は、人生の最期についての活動―終活について、話しましょう」

2. みんなで語り合おう ~テーマについて考えを深める時間~

ここからは、ファシリテーターが松尾先生から学生らにバトンタッチされ、ニュース記事をもとに作成したワークシートが配られました。
この日のメインテーマは、人生の終わりにむけた準備をおこなうこと―「終活」でした。
目的は、参加者それぞれが終活について考え、話し合うことです。

ワークシート表面(A4の一部)©VEC
ワークシート裏面(A4の一部)©VEC

「終活」についての文章を読み解いていくうちに、参加者からどんどん日本語に関する質問が投げかけられます。質問に答えるのは、ファシリテーターの学生だけではありません。ほかの参加者も、口々に説明を試みます。そこにいる全員が協力し、疑問を解決しようとする雰囲気は、作ろうと思ってもなかなか難しいもの。自然に助け合う空気に、驚かされました。

 

PCの画面でスライドをみせながら進行する様子。

文章の読解が一段落すると、いよいよ皆で話し合う時間が始まります。ワークシートの最後には「あなたの終活について考えてみましょう」という問いが用意されていました。それに対して皆自分なりの答えを考え、グループに分かれて話し合います。
驚くことに、「終活」つまり「死」について話し合っているにも関わらず、あちこちから笑い声が聞こえてきます。「どんな葬式がいいか」という質問についてグループで話す際には、「パーティーみたいに、楽しくやりたい」という意見や、「やっぱり笑って見送ってほしい」という意見が多かったです。
また、「死ぬまでにやりたいことリスト」について考える時間もありました。ほとんどの参加者たちは、自分自身が何をしたいかを中心に考え、発表します。しかし、あるミャンマー人女性は、次のように話しました。
「死ぬまでに、私はただ、知り合いや家族と顔を見せ合いたい。笑顔で。それだけでいい」
その答えを聞き、全く想定していなかった考えに、圧倒される思いでした。
このように、背景の異なる参加者の発言には、気づかされる点が多かったです。こういった体験こそ、VECでの学びの醍醐味なのかもしれません。

3. フィードバックでスキルアップ ~授業の振り返り~

2時間ほどの教室活動が終わると、教室を運営している松尾先生とファシリテーターを務める大学院生らによる、振り返りの時間が始まります。ファシリテーターやビジターが意見を共有し、今回の授業全体を総括する時間です。
授業の良かった点と改善点について、様々なフィードバック をもらうことができます。日本語教師としてのスキルを向上させることができる貴重な機会といえます。
この日は、参加者からの質問をどのようにさばくかなど、クラスのマネージメントに対する指摘がありました。「できるだけ早く用例を出した方がよい」、「テンポ感を大事に」。ファシリテーターをつとめた大学院生らは、真剣な表情でフィードバックを聞いていました。

活動後インタビュー

活動後、ビルマ料理のレストラン「ルビー」にて、東京女子大学修了生の五嶋友香さんと、東京女子大学修士2年生の東樹美和さんのお二人から、お話を伺いました。

希望者は、活動後のランチ会にも参加できます!
ランチはブュッフェ形式、1200円。見た目よりあっさりした味付けで日本人にも食べやすかったです。

五嶋友香さん「持っている違いを引き出す」

活動でミャンマーの民族衣装「ロンジ―」を着た時の様子。

 

 

お話をきいた人:五嶋友香さん

東京女子大学修了生。

                           (聞き手:いどばた編集部)

編集部「五嶋さんは、学部の2年生のときに初めて参加されたと聞きました」

五嶋「はい。最初は日本語教師を目指そうと思ったわけではなく、ただ日本語教育の現場に行ってみたいという思いでした」

編集部「そこから今に至る経緯を教えていただけますか」

五嶋「大学院進学を考え始めたとき、VECの活動にまた参加したいと思いました。日本語教育の現場で経験を積みたいと思ったからです。それ以来、VECの活動に定期的に参加するようになりました。大学院の2年生からは日本語学校で非常勤として働き始めましたが、予定がない限り、日曜日はなるべくVECの活動に参加しています。」

編集部「なるほど。VECの活動には、どういった魅力があるのでしょうか」

五嶋「毎回刺激があり、学びがたくさんあることです。特に、参加者との対話を通して学ぶことが多いです。ほかにも、主担当(活動のたたき台を考える役割)になったときは、活動のテーマを決めるのも楽しいです。」

編集部「どんな点を重視してテーマを決めていらっしゃるんですか?」

五嶋「この活動では、後半のみんなで話す時間が一番大切なので、そこで話がふくらむような、内容のあるテーマを選ぶようにしています」

編集部「それは今回参加してみて、実感した点です」

五嶋「よかったです。話しながら、参加者それぞれの違いを引き出して、そこからお互いに学ぶことができれば、と思っています」

 

おまけ:五嶋さんおすすめの本

『にほんでいきる 外国からきた子どもたち』(明石書店、2020年)

「大学院で子どもの日本語教育を学びたいと改めて思った本です。私が知らない事実がたくさん書いてあり、自分の無力さを感じました。また、日本社会における外国につながる子どもたちの存在について、深く考えるきっかけになりました」

東樹美和さん「必要に迫られて日本語を学ぶ人の力に」

 

 

お話をきいた人:東樹美和さん

東京女子大学修士2年生。

                           (聞き手:いどばた編集部)

編集部「この教室では、学習者ではなく参加者と呼ばれている点が印象的でした。教える、教えられる関係という感じではないんですね」


東樹「そうですね。私はVECから日本語教育現場での実践をスタートしたので、これが当たり前なんですけど、以前ほかの日本語学校に行ったとき、少し戸惑ってしまう経験があって…。スタンスの違いを感じてしまったんです」

編集部「その気持ち、わかるかもしれません。学校教育のなかだと、教える、教えられるという関係が当たり前のところが多いですよね」

東樹「そうなんです!どうしても「先生」と「生徒」・「学習者」の上下関係を感じてしまいました」

編集部「VECの雰囲気にはまったくそういうところが無いですね」

東樹「参加者全員で学び合うという考えを大切にしているからこそ、何を話しても否定されないというか、安心して対等に意見交換ができる場だと思います」

編集部「だからこそ参加者という呼び方なんですね」

東樹「はい。日本語を学ぶ人って、留学生とか、自分から日本語を学びたいと思っている人をイメージしていたんです。でも、必要に迫られて日本語を学ぶ人たちがたくさんいることを知って、その人たちの助けになりたいと思いました」

編集部「なるほど。そうすると、進路も少し違ってきそうですね」

東樹「実は悩んでいるところです。でも、VECでの活動を先に知れて、よかったとも思います。もし、先に一般的な日本語学校で先生をしていたら、こうやって考えることすらなかったかもしれないので…」

おまけ:東樹さんおすすめの本

『まんが クラスメイトは外国人―多文化共生20の物語』(明石書店、2009年)

「初めて読んだとき、脳が揺さぶられるような感覚がありました。必要に迫られて日本語を学ぶ人たちのことを知ることができました」

まとめ

VECは、安心と安全を大切に、日本語を学びたい人みんなを受け入れる、温かい家のような場所です。それと同時に、多文化共生社会に参加する、一人の人間としての態度を学ぶことができる場でもあります。

大学や大学院で専門的に日本語教育を学んだとしても、実際に日本語学校などで日本語教師になる人は、決して多いわけではありません。しかし、今回のインタビューからもわかるように、地域とつながる日本語教育の活動は、日本語教師としてのスキルを磨きながら、多文化共生の基本を体得できる貴重な機会といえます。参加している大学院生の東樹さんは、「VECに参加していて、楽しい日よりも、悔しい気持ちになる日の方が多いです」と話してくれましたが、それだけこの活動に真剣に取り組まれているということが伝わってきました。

もちろん、学びは学生だけのものではありません。「学び合い」がコンセプトのVECでの活動は、誰にとっても楽しく、充実した時間になることは間違いありません。

活動に参加したい方は、VEC公式HPから応募できます。

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