AIの進化と日本語教師の役割-今井新悟先生インタビュー 3/3

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AIの進化と日本語教師の役割-今井新悟先生インタビュー 3/3

第3回 教えない教え方

日本語教育分野におけるAIの進化について、AI日本語教師を開発中の今井新悟先生にお聞きするシリーズ。最終回となる今回は、今井先生が実践されている日本語教育についてうかがいます。

 

第1回 「AI日本語教師、制作中」
第2回 「AIの基本の話」

 


今井新悟先生 早稲田大学日本語教育研究センター教授。国立国語研究所客員教授。2018年3月まで筑波大学人文社会系教授で、インターネット日本語能力自動判定テスト「J-CAT」の開発者。現在の研究対象は、認知言語学、日本語教育、人工知能、言語テスト。近著に『いちばんやさしい日本語教育入門』(アスク出版)。https://www.shingo-imai.net/


《聞き手》平井美里 「日本語教育いどばた」編集部員。ライターとして9年働いた後、青年海外協力隊の日本語教師隊員として、2年間、某国の大学で日本語を教えた経験をもつ。現在は当ウェブマガジンのコンテンツ充実に向け奮闘中。


 

 

教えない教え方

 

平井 今井先生は「教えない教え方」で授業をしていらっしゃるとうかがいました。AIが発達したら、じゃあ人間の先生はどうしたらいいんですか?という問いの答えが、その「教えない教え方」ですか?
今井 そうそう。
平井 具体的にはどんな授業なんですか?
今井 授業の初めに「今日のレッスンは何ページから何ページまでですか?」と学生に聞きます。学生が答える。私は「じゃあ、どうぞ。がんばってね~」で、終わり。
平井 ええ!? で、学生はどうするんですか?
今井 グループに分かれて自分たちで勉強します。教科書は私が着任したときには決まっていた『みんなの日本語』で、各言語の翻訳・文法解説書がありますから、それを使って単語と文法を理解して、練習A、練習B、練習Cも自分たちでやります。
(注:『みんなの日本語』の練習Bは、単文、複文、質問文、回答文などを作成する練習。練習Cは、短い会話文の練習)
平井 はあ。そうするとどうなりますか?
今井 ぱっぱかぱっぱか進む。
平井 すごく早く終わっちゃいますね。
今井 終わります。終わって、そこから先をやろうよ、そこから先が楽しいよって話。ある日は、「あなたたちの日本語、教室の外に行って通じると思う? やってきて」と、外に行かせて日本人にインタビューさせました。いままで習った日本語を使って質問を3つつくって、「どこから来ましたか」とか、日本人に話しかけて、スマホで録音。それを私が聞いて、質問が伝わっているかチェックします。伝わっていなかったら、やり直し(笑)。
平井 楽しそうですね。
今井 楽しいけど、すごく緊張するみたいです。それも変な話で、日本にいるのに、日本人と話したことないんですって。「はじめて日本人に日本語で話して通じました!」と興奮して帰ってくるの。来日して半年経っていても、日本人とほとんど話したことのない留学生が本当にいるんです。
平井 日本人を相手に成功体験を積むのはいいですね。
今井 教室はコミュニケーションの成功体験を積み重ねる場ですからね。
平井 その課題は、毎回違うんですか?
今井 はい。今日は作文でした。単語や文法の勉強に飽きてきて、それぞれの国の芸能人自慢が始まったんです。スマホで写真を見せながら「この人かわいいでしょう?」「美人でしょ?」という会話を英語でしているから、「それ、日本語でやりなよ」って。本当は教科書準拠の教材を使って「楽しい1日」というテーマの作文を書かせることになっていてプリントの準備もしていました。でもそれはやめて、1番好きな俳優を選んで、その人のどこがいいのか説明する作文を書きなさい、というのが今日の課題になりました。
平井 学生が話したいこと、書きたいことを課題にするんですね。
今井 自分がリアルに話したいことを話し、聞きたいことを聞き出すというリアルな発話は記憶に残りやすいですから。

 

 

 

教えない授業のグループ分け

 

平井 いつから教えない授業を?
今井 筑波大学で2年ぐらいやりました。今年からは早稲田大学でやっています。
平井 どうして教えなくなったんですか?
今井 学生が話せないんです。クラスが終わってAとかBとか成績がついても話せないのを目の当たりにして、一斉授業はダメだと気がつきました。先生ががんばってしゃべってて、その間、学生がぽかーんと聞いている。話す練習なんだから、先生黙れよ、学生しゃべれよって話でしょう。
平井 確かに。教えない授業だと、がっちり教案を書いてきた授業より学生は伸びますか?
今井 伸びます。だってがっちり教案を書くときは真ん中のレベルの学生にフォーカスするんですよ。それよりできる学生にとってはまったく勉強にならないし、できない学生はついていけない。真ん中の学生しか伸びない。でも個別にやったら、できる人はどんどんやればいいし、できない人はゆっくりやればいい。落ちこぼれがないとはいわないけど、一斉授業よりはいいですよ。
平井 だけどグループでやるんですよね。そのグループのなかにできる学生とできない学生がいるじゃないですか。
今井 ちゃんと助けてやれよ、と指導します。
平井 そうすると上の人は物足りないことにならないですか?
今井 上の人は嬉々としてやっていますよ。「私、初級なのに教えてる? 私ってエラい?」みたいな。でも途中で、教えられなくなるんです。ちゃんと説明できなくなる。「あれ? なんでここは『は』でここは『が』なんだろう?」と悩む。そこでその人の学習も進みます。
平井 学生同士で教えあっていて、間違ったことを教えてしまうことはないんですか?
今井 間違ったとしても、みんなバカじゃないから気づきます。グループ全員が同じ間違いをして信じ込んでいることはまずありません。誰かが「あれ?」って思います。
平井 グループ分けはどうやっているんですか?
今井 最初は気を遣いますね。できない人同士3人だと学習が進まないから。でも「あなたはできないから」とは言わずに、「今日はあなたとあなたで組んでみたら」という言い方をします。学生を把握することは大切です。でも基本的にはグループ分けも自分たちでやらせて、「前回とメンバーを変えてね」としつこく言っています。

 

 

 

ほかの先生の反応

 

平井 いくつかクラスがあって同時並行で進んでいるなかで、今井先生だけが教えない授業をしてるんですよね? それは何か言われないですか?
今井 私は教えない授業なので見学に来てください、と公にしています。でも見学に来て「やっぱり自分はできない」っていう人が多いかな。
平井 どうしてですか?
今井 教える授業は自分が計画した通りに進められるのですが、教えない授業は計画を立てられないんです。まったく予想がつかない質問が次から次へと出てくる。それに全部対応しなきゃいけない。だから自分にはできない、って。
平井 筑波大学ではどうでしたか?
今井 チームティーチングで、私が月曜やって、非常勤の先生方が火曜水曜木曜と受け持っていたんだけど、最後には「今井先生だけ別でやってね」と言われました(笑)。「私たちは教科書通りにやるから、今井先生は月曜にスピーキングやってください、教科書は使わなくていいから」って。
平井 だけど、毎回の授業の範囲が決まっていたら、どっちのやり方でやっても、もう一方の授業に影響はないじゃないですか。なんで今井先生だけスピーキングになっちゃうんですか?
今井 ほかの先生は不安なんです。「口慣らしをしないから、話せるようにならないんじゃないか」「今井先生の担当箇所はうまく学習されないだろう」と思っている。
平井 実際、どうですか?
今井 絶対、私の教え方のほうがいい。倍以上いいと思います。
平井 口慣らしはいらないんですか?
今井 必要ないでしょう。
平井 学生が話したいことを話すことによって、口慣らしができるということですか?
今井 そう、最終的にコミュニケーションできればいいんです。ほかの先生は、練習Bでしっかり口慣らしをして自動化しないと練習Cにはいけない、という信念があるんです。だから徹底的にBをやる。それで時間がなくなってCをやらない。いやいや、Cやその先をやれよ、と。それができていなかったら、実生活で使えないでしょ。Cやその先をやるときに、口が回らなかったら本人が勝手に練習するんですよ。
平井 なるほどー。

 

 

 

作文はパソコンで書いてもいい?

 

平井 ところで、先ほど作文の話がありましたけど、先生のクラスでは、作文をパソコンで書いて提出していいんですか?
今井 もちろんもちろん。普段、手書きなんてしないでしょ。レポートを手書きで出す人なんていませんよ。なんで日本語クラスだけ手書きなの。時代錯誤ですよ。
平井 テストはどうするんですか?
今井 それは検討中です。パソコンだったら、ある程度文法も直してくれるでしょ。赤い線や青い線が出て、まちがっていますよ、って。それで点数をつけると手書きの人は点数が低くなってしまう。それをどうするか。
平井 Google翻訳も使っていいんですか?
今井 普段どうやって生きていますか? パソコンもスマホもGoogle翻訳も使っていますよね。なんでテストのときだけ使っちゃダメなんですか? 実生活でどんだけ日本語が使えるかをテストするのがテストでしょ。実生活と切り離した、このクラスのなかでのフェイクな日本語の使用能力を測ってどうするの。ITリテラシーを含めて、どうやって日本語でコミュニケーションできているのか、リアルに測ればいいんですよ。そういうと「それじゃテストにならない」と返されてしまうんですが。どうやら「テスト」の認識が違うようですね。

 

 

 

教えない教え方だと先生がいらなくなる

 

平井 教えない授業だと1クラス何人くらいいけますか?
今井 300人。やったことないですけど。グループに分けるだけだからできると思います。
平井 だけどみんなに外に行かせてインタビュー録ってきて、
今井 それは全部聞けませんね(笑)。
平井 それだけじゃなくて、作文でも自由会話でも、最後に先生のチェックが必要じゃないですか。
今井 まずは自分でチェックする。次にペアでチェックする。最後にグループでチェックする。それでも解決しなかったら聞いてねって。
平井 なるほど。じゃあ、まあ300人は極端だとしても、たとえば100人のクラスが可能だとしたら、先生がいらなくってしまいますよね。
今井 私は教員の数を減らすように提案しています。「クラスの人数が増えたら教育効果が」というけれど、それはあなたたちのやり方でしょ、と。全員の作文集めて、先生が夜遅くまで赤字入れて、という方法なら、そりゃ大人数は無理です。学習者同士でやらせればいいんです。なんでいちいち先生が全部赤を入れなきゃいけないんですか。どうせ教員が入れた赤字なんか誰も見てないんですから。
平井 いやいや、見てるでしょう。
今井 そういう研究結果もあるんですよ。作文のフィードバックで先生が入れた赤字をどれだけ見ているか。学習者はほとんど見ていない。そりゃそうですよ。1週間前に書いた作文の「に」や「が」が間違ってますっていわれても、「はあ、そうですか」って感じでしょ。フィードバックはその場でやるべきです。

 

 

 

最後に

 

平井 なるほどー。今日は刺激的なお話をたくさんありがとうございました!
今井 いえいえ。でも大丈夫ですか? 『いちばんやさしい日本語教育入門』という本が出たばかりなのに、宣伝もせず、逆に教えない話ばかりでしたが。
平井 本当ですね! これじゃ、担当編集者に怒られちゃうなあ。先生、15秒でCMお願いします! よーい、スタート!

今井 あ、あ、はい。えーと、アスク出版から『いちばんやさしい日本語教育入門』という本が出ました。えーと、非母語話者日本語教師でも読めるように書いたので、かんたんに読めます。実践的です。教えない教え方についても書きました。教育実習生にマスクをさせて……
平井 チーン! はい、そこまで。
今井 あ、失礼。
平井 教育実習生にマスクを渡す話は確かに衝撃的でした。
今井 本のほうが教えない教え方について深く書いてあるので、読んでください。
平井 先生のおかげで話がまとまりました。ありがとうございました。

今井 いや、まとまっていないんじゃない? だって、この企画、AIの話ですよね。なのに、「教えない教え方」の話で締めて、落ちが本の宣伝じゃ、どうかなぁ?

平井 うーん。じゃ、先生、AIを使って落ちをつけてください。
今井 えっ? それって、けっこう無茶振りですね。
平井 先生ならまとめてくださると信じているからこそですよ!
今井 そうかなぁ? じゃ、最後にちょっと語って終わりにしましょう。
平井 はい、お願いします。
今井 結局、AIが何をどこまでできるかを考えるときには、それがいつのことなのか、これを明らかにして語らないと話が食い違います。いろんな人がいろんなことを言っていますが、本当に将来はわからないというのが事実。ただし、AIが人を部分的に凌駕していく方向に進むのも事実。そして、どの段階で、AIが人を超えたと考えるかは、AIの定義と人間の定義次第です。

で、やっかいなのが、人間とはなんぞや、がまだわかっていないこと。そのわかっていない人間とAIを比べることは原理的にはできません。だから、いま、世間でAIと人間を比べてどうのこうのと言っているのは、とりあえずのその人の定義を使って言っているだけ。で、当然、その定義が人によって違うから、話がますますややこしくなります。例えば「東ロボくん」プロジェクトっていうのがありました。AIが東大入試を突破できるかっていうものです。知識で解ける問題はOKなんですが、文章を読んで理解するというような問題では無理という結論です。でも、まあ、難関でない大学なら合格という程度までは行きました。じゃ、これって、世間が信じているように本当にAIを使っているのかっていうと、実は疑わしい。少なくとも私は疑っていますが、いままでその点を衝いた人は誰もいないと思います。

AIは大きく別けて3世代に分かれます。で、いまブームになっている第三世代のキーワードは深層学習ディープラーニングです。これについてはさっき話しましたが、アイデアは古い。でも、コンピュータゲームで使うGPUっていう、パソコンの画像処理をする部分があるんですが、その性能が上がってきて、ある日、そのGPUに計算処理させたら、すげー速いじゃん。こいつにディープラーニングさせたら、その速いこと、速いこと。これ、いけるってなったんですよ。科学者は、オタクみたいなゲーマーに感謝しないとね。そういう人たちが、ゲームの進化を促し、それがいまのAIにブレークスルーを起こしたんですから。で、もし、第三世代のAIをディープラーニングしているものと定義したら、東ロボくんはAIを使っていないことになる。正確にはやってはみたけれど、成果につながらなかった。だから、本質は第二世代のままなんです。第二世代は機械学習と言っていいでしょう。それなら、うちらが開発したJ-CATもそのスピーキングバージョンも機械学習を使っているから、AIって呼んでいいことになっちゃう。専門家もマスコミもこんな感じ。なんでもあり、ですよね。

だから、私たちは、むやみに恐れたり、過剰に期待するべきじゃないですね。AIの予想は地震の予想みたいなものです。いつかくるはず、でも、それがいつかはわからない。明日かもしれない。だから、備えだけはしておかないと。とりあえず、日本語の教師に言いたいのは、知識では人はAIに勝てません。決まりきった機械的なことはAIは大得意だからパターンなんとかもお手のもの。しかも、飽きずにずっと学習者に寄り添って、それをやり続けてくれます。同じ土俵で勝負したら、到底、人に勝ち目はありません。だから、予想不可能な授業をやってください、ということです。ここで、教えない教え方とつながります。これが落ちです。

平井 おあとがよろしいようで。

(終)

第1回 「AI日本語教師、制作中」
第2回 「AIの基本の話」

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