話題の教材 著者インタビュー『会話でひろげる日本語語彙 Go Easy!』

最終更新日

『会話でひろげる日本語語彙 Go Easy!』(発行:アスク)の著者、荒川洋平先生に、本教材の特長や具体的な教材活用例についてお伺いしました。

ISBN:978-4-86639-561-6
荒川洋平 著
A5判 184頁
ダウンロード:音声・追加問題・対訳・教師用資料
価格:1,870円(税込)
翻訳:英語・中国語・ベトナム語
対象:中級レベル以上

荒川洋平先生プロフィール

東京外国語大学教授(国際日本学研究院)。専門は応用認知言語学、国際コミュニケーションマネジメント。本務校の東京外国語大学では、2023年春学期は今回の授業の他、日本語学・日本語教育学・認知言語学とゼミを担当。兼務校の立教大学では認知言語学を教えている。自宅のくろねこ、昔のジャズ、コーヒーとスイーツ、ミステリー小説、歌舞伎を偏愛。
 

「会話でひろげる」語彙教材

―― これまでの語彙教材とはどう違うのでしょう?
これまでの語彙の教材は「役立つ単語集」でした。ひとつはJLPTなど試験合格のための教材、もうひとつは「アカデミック」などテーマに基づいて覚えるための教材。いずれも書き言葉で使う語彙の本です。ですから、話し言葉で役立つ単語集を考えてみました。

―― 第1章の「イチゴリッチ」とは?
皆さんがすでに知っている1語(イチゴ)の知識を、別のよく使う意味にも広げて豊かに(リッチに)してほしい、という意味です。

話し言葉は、一般的に書き言葉よりもくだけていて、やさしい語彙を使っていますよね。でも、話し言葉そのものがやさしいということではなくて、話し言葉ではやさしい語彙がいろいろな意味で使われている、ということなんです。

例えば、「うける」という言葉がありますね。「ボールをうける」とか「試験をうける」とか、そういう意味で学習者はまずこの語の意味を知るでしょう。でも、実際の話し言葉ではこの意味よりもむしろ、「冗談が笑いを取れる」という意味で使われることが非常に多い。つまり、辞書に出てくる最初の意味だけを覚えているだけでは、会話では使えないということです

現状の日本語教育では、1つの言葉を導入する際に1つの意味だけを教えて、それで終わりになっています。しかし、実際の会話をよく観察してみると、2番目、3番目の意味は無視できないんです

―― 第2章から第5章の「Go Easy」とは?
皆さんがすでに知っている簡単な語彙(Goi)を組み合わせるだけ(Easy)で新しい意味になっているものをこう呼んでいます。会話で使われる多くの語は、やさしいものが組み合わさって、新たな熟語、コロケーションになっています。

(第2章 Go Easyより)

例えば、「上の空」という語を考えてみましょう。これを分解すると「上+の+空」になりますが、「上の空」に「上」や「空」の意味は入っていません。つまり、やさしい語が組み合わさってまったく新しい意味になっている。こういった組み合わせが、会話に非常に多く使われているということなんです。

このように、「中級以上の学習者がとうに知っている初級の語彙を再構築することで、語彙の知識や運用をより豊かにしていこう」というのがこの教材の目的です。従来の日本語教育は、言葉のアップデートに追いついていっていないんですよね。

大学生5人の日常を描いたストーリー

―― 教材にストーリー性を持たせることの効果は?
3つの効果があると思っています。まずは「記憶の定着」。ストーリーを設けることで、「いつ」「どこで」「だれが」が規定されているので、その語にまつわるイメージが具体化され、覚えやすくなります。

2つ目は「正確な運用」です。どんな文脈で、どんな気持ちでその言葉を発したのかがわかるので、意味を暗記するよりもその語の正しい使い方がわかります。

そして最後は「おもしろい」ということですよね。おもしろいから続きが読みたくなる。だから学習を継続できる。こういう効果があると思います。

日本語教育で初めての「レキシカルアプローチ」の教材

――レキシカルアプローチとは?
外国語の教授法のひとつで、実際に使われているかたまりを文型のようにして覚える、ということです。

例えば、「いまさら」という言葉は、「いまさらそんなこと言われても」というかたまりで、「困惑」や「拒絶」を意味する場面で使います。どんな場面で使われるのかがわかって使うと、非常に日本語らしい。多くのネイティブスピーカーが使う、最もその言葉がそれらしく使われるかたまりを覚えていく、という方法です。

(第1章 イチゴリッチより)

ーーなぜ日本語教育ではレキシカルアプローチがそれほど採用されないのでしょうか?
日本語教育は「教室の中で理解させる」ということを意識しているからだと思います。教室の中だけで閉じてしまっている。でも本当は、教室内で理解するために勉強しているのではなくて、教室の外で使える日本語を学んで、自分の夢をかなえるために日本語を学んでいるわけですよね。その夢に、もっと教育者が寄り添う必要があると思っています。

「教室内100%」にこだわりすぎると、「知っている語彙だけで教える」とか「その文型はまだ習っていないから早い」という考えになってしまいますが、それは教室の勝手な都合に過ぎません。教室外で頻度が高いんだったら、それは積極的に教えていくべきです

実践的な使い方

―― 本教材は授業でどのような使い方ができますか?
まず、この教材は総合教科書に代わるものではありません。いくらレキシカルアプローチがよい教授法だと言っても、それぞれの教育機関では定まった教え方があり、それに反旗を翻すことはしません。今ある授業に上手に組み込んでいくのがよいと思います

『Go Easy!』は日常会話、つまり教室外の世界を描いています。教室内の文型の学習と、教室外の世界との橋渡しができる教材です。例えば、文型の学習のあとで、『Go Easy!』の中に出てきた用例を聞かせてみるのもいいですね。学んだ文型が実際はどのように使われるのかを理解し、使えるようになっていきます。

10分くらい授業時間が余っているときにも使えます。会話の音声を聞かせて、だれが、どんな場面で、何について話しているのかを考えてもらう活動です。声の感じや会話の雰囲気から、いろいろなことが感じ取れるでしょう。これまでの日本語教育は、内容の推測や人間関係の予測などをさせる、つまり、認知能力を使う活動はあまり取り入れてきませんでした。表面だけではなく、心の中で何が動いているのかに気づかせることもおもしろいと思います

荒川先生の授業で『Go Easy!』がどのように活用されているのか、こちらの授業見学レポートにてご紹介いたします

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