ソーシャル・メディアをめぐる冒険 第1回「なぜソーシャル・メディアか」

最終更新日


【連載】ソーシャル・メディアをめぐる冒険〈毎月第4金曜日更新〉

第1回 なぜソーシャル・メディアか

 

みなさん、こんにちは。

今月から連載させていただくことになりました村上吉文と申します。日本語教育とソーシャル・メディアの重なる領域に関心がありまして、学校に通わずに日本語を習得した人たちへのインタビューなどを僕のブログ「むらログ」などで共有しております。1年間、どうぞよろしくお願いいたします。

 

さて、今日は連載の最初なので、「なぜ日本語教師にソーシャル・メディアが必要なのか」という点について考えてみたいと思います。しかし、その前にまずソーシャル・メディアとは何かを一緒に考えてみましょう。

 


ソーシャル・メディアとは


「ソーシャル・メディア」という言葉にはいくつかの定義があり、厳密にはみなさんが完全に一致したイメージで使っているわけではありません。ただ、一般的には以下のようなイメージは共有されているものと思います。

 

まず、マスメディアへのアンチテーゼであることです。インターネット以前は個人がマスメディアを通じないで情報発信をするには自費出版などしかなく、非常にコストがかかり、かつ影響力もわずかなものでした。また、「インターネット元年」と呼ばれた1995年から10年ほどはインターネットで発信できたのも大企業やごく限られた個人だけでした。それが2006年ごろの「ウェブ2.0」ブームのころからブログやSNSなどを通じて特にIT技術に慣れていない人たちも気軽に発信できるようになったのです。こうした市民による情報発信ツールがソーシャル・メディアのひとつのイメージです。

 

もうひとつのイメージは双方向のコミュニケーションです。たとえば企業や省庁などのウェブサイトでPDFファイルばかり載せているところがありますが、こうした姿からは双方向性は感じられません。コメント欄があったり、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)でシェアするボタンが設置されていたりするとソーシャル・メディアらしくなってきます。

 

さて、ここでSNSという言葉が出てきました。SNSはソーシャル・メディアの種類のひとつで会員制の交流サイトです。有名なものとしてはFacebookやGoogle+などがあります。しかし、SNSがすなわちソーシャル・メディアというわけではありません。たとえばブログも代表的なソーシャル・メディアですし、フリー百科事典のウィキペディアも「ウィキ」という種類のソーシャル・メディアです。その他にユーザーの多いものとしては日本では「はてなブックマーク」というサービスが有名な「ソーシャル・ブックマーク」もソーシャル・メディアの種類のひとつです。「ソーシャル・ブックマーク」はメモしておきたいウェブページをオンラインで共有するもので、ユーザーが注目するウェブページを可視化することができます。

 

以上が簡単なソーシャル・メディアの説明ですが、それでは私たち日本語教師にとって、どうしてこれらのサービスが大切なのでしょうか。以下に理由を3つご紹介します。

 

 


理由1:そこにあるから


 

「そこにあるから」というと登山家の名言のように聞こえるかもしれませんが、そこまで意味があるわけではありません。単純に、世界中の日本語学習者がソーシャル・メディアを使っているからです。これにはいろいろな資料があり、たとえば下のグラフでは、国際交流基金の海外拠点11箇所の日本語学習者の8割以上が「ネットをほぼ毎日使う」と回答しています。「ほぼ毎日」ではない人も含めると、さらに多くの人がインターネットに触れることのできる環境にあります。その中にはソーシャル・メディアをまだ使っていない人も一部いるかもしれませんが、少なくともソーシャル・メディアを使えない環境にいる日本語学習者はかなり少ないとみていいでしょう。

「日本語学習者のネット利用状況と学習サイトへの期待-海外11拠点の調査結果から-」伊藤秀明ほか(2016)からの引用

 


理由2:学習者と日本語話者がつながるから


 

海外では特に顕著ですが、国内の日本語学習者も、実は日本人と接点がないという悩みを抱えていることが少なくありません。語学は実際に使うことによって伸びますから、ソーシャル・メディアで学習者と日本語話者をつなぐことができれば、日本語を使う場をつくることができるわけです。ちなみに最近は文字だけでなくテレビ電話のようにリアルタイムで顔を見ながら話すツールもたくさんありますので、文字のやりとりだけでなく、日本語での会話もネット経由でスムーズに行う環境が整っています。

 

こうした変化はもちろん語学教育の世界でも注目されていて、たとえばカリフォルニア大学サンディエゴ校の當作靖彦教授はその著書『NIPPON3.0の処方箋』において「ソーシャル・ネットワーキング・アプローチ」という考えを発表されました。この本の中で當作教授は従来のコミュニカティブ・アプローチとの比較として以下のように書いています。

 

「ロールプレイングは人工的場面をクラスに作り出してsimulationしているだけですから、本当は「実際」ではありません。(中略) これに対し、ソーシャルネットワーキングアプローチは、まずプールや海に放り込んでみよう。「水」を経験させてみよう、とするアプローチです」

 

ここに出てくる「プールや海」は必ずしもソーシャル・メディア限定というわけではなく、インターネットの外で実際に対面することなども含まれていますが、いずれにせよ学習者をその言語の話される環境に入れるという意味では共通しています。

 

 


理由3:教師自身のキャリア形成に役立つから


 

僕自身の古い同業者の友人のなかには、いまでも輝いている人とそうでない人がいますが、やはりアンテナを高く立てて、いろいろな情報を吸収し、発信している人が輝きを放っています。なかには研究者になって論文などで情報発信を続けている人もいますが、研究者でなくあくまでも現場の実践者でいたいという人には論文よりもソーシャル・メディアでの発信が向いています。個人でさまざまな情報を発信している同業者も多くいますし、教員のためのオンライン・コミュニティも無数にあります。語学を教える人たちのコミュニティもあれば、日本語教師限定のコミュニティもあります。そういうところで情報をシェアしている人とつながることは、日本語教師としての成長にきっと役立つはずです。ときおりツイッターなどで日本語教育の関係者が異なる立場から議論を交わしたりすることがありますが、僕が学生だったり新人教員だったりしたころはこうした未来がやってくることはまったく想像していませんでした。1990年ごろでしたからコミュニカティブ・アプローチが全盛でオーディオ・リンガルが批判されていましたが、そうした議論は「前年に出た論文に対しての反論」というようなペースでしたし、反論相手の論文を探すのもたいへんでした。しかしいまでは議論の多くが公開の場所でされていて、反論されている相手の投稿もクリックひとつで読むことができます。

 

それでは、実際にソーシャル・メディアを使っている日本語教師のみなさんは何のために参加しているのでしょうか。私は4月14日に以下の4択でアンケートをとってみました。

 1.学生と日本語話者をつなげるため

 2.自分の勉強のため

 3.自分の実績を発信するため

 4.寂しさやストレスの解消

僕自身は「理由2」に書いたとおり、この選択肢の中では1番がもっとも重要だと思うのですが、みなさんの回答では2番めの「自分の勉強のため」が第1位でした。回答者77人中の半数以上がこの選択肢を選んでいます。実際にこれだけの人がこのように回答していることを考えると、ソーシャル・メディアは自分の勉強に役立たないと考えている人は少ないものと考えることができそうです。

さて、理由2と理由3は、つながる人は違いますが、「つながる」という行為自体は共通しています。実は、語学教育の世界にとどまらず、教育一般を対象とする研究者の間でも他者とつながることの重要性は注目されているのです。なかでもジョージ・シーメンスの唱えた「コネクティヴィズム – デジタル時代の学習理論」は2014年の発表後、この原稿の執筆時点で4457回も引用されている非常に影響力のある論文です。この論文のなかでジョージ・シーメンスは「パイプはパイプの中のコンテンツよりも重要である」と書いています。つまり、学習内容を教師が学習者に教えるよりも、学習者を教室外のさまざまなリソースに触れさせることのほうが重要であると主張したのです。そして、ソーシャル・メディアというものはまさに個人が他者とつながることのできるメディアなのです。

 

このページをご覧になっていらっしゃる方はほぼみなさんがソーシャル・メディアをすでにお使いだと思います。ぜひ、このソーシャル・メディアの力を日本語教育の世界で解き放とうではありませんか。

 

来月は実際にソーシャル・メディアで日本語をマスターした学習者の例をご紹介いたします。お楽しみに!

 

参考資料

伊藤秀明ほか(2016)「日本語学習者のネット利用状況と学習サイトへの期待-海外11拠点の調査結果から-」
https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/teach/research/report/12/pdf/07.pdf

「#日本語教師 のみなさんにお伺います。皆さんがツイッターを使うのはどうしてですか?」
https://twitter.com/Midogonpapa/status/852337466275004416

G Siemens – 2014 “Connectivism: A learning theory for the digital age”
http://er.dut.ac.za/bitstream/handle/123456789/69/Siemens_2005_Connectivism_A_learning_theory_for_the_digital_age.pdf

 

近刊紹介
SNSで外国語をマスターする方法について筆者がまとめた書籍『冒険家メソッド』(ココ出版)が、5月刊行予定!!

 

《筆者》村上吉文  冒険家。これまで、国際協力機構(JICA)や国際交流基金からモンゴル、サウジアラビア、ベトナム、エジプト、ハンガリーなどへ派遣されてきた。数週間後からカナダのとある州の教育省に勤務予定。ブログ「むらログ」(http://mongolia.seesaa.net/)では、日本語教育とICTに関する記事や、教育機関によらず自らの力で日本語を学ぶ「冒険家」たちについてのインタビューを発信している。

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