企業内の多言語化に日本語教師は何ができるか。メルカリ社のやさしい日本語トレーナーに聞いてみた

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『入門・やさしい日本語 外国人と日本語で話そう』の著者である吉開章さん(株式会社電通)と、企業内で「やさしいコミュニケーション」を広げている、日本語トレーナー&やさしい日本語トレーナーのウィルソン雅代さん(株式会社メルカリ)に、日本語非母語の社員とやさしい日本語の話を聞きました。

お話をうかがった人

ウィルソン雅代さん 
株式会社メルカリ Language Education Team、日本語トレーナー&やさしい日本語トレーナー

吉開章さん 
『入門・やさしい日本語 外国人と日本語で話そう』著者。株式会社電通

メルカリ社の「やさしいコミュニケーション」の取り組み

ーーメルカリさんでは、やさしいコミュニケーションに取り組んでいらっしゃるそうですね。(mercan「日本語話者も英語話者も歩みよる、インクルーシブなコミュニケーション実現のためのメルカリ独自の言語支援施策」)どのようなものか教えてください。


ウィルソン
 メルカリはいろいろな国籍の人が集まっている会社です。それぞれの社員の母語も違いますし、日本語のレベルも異なるなかで、コミュニケーションを円滑にする行うため、以前からセミナーを通してやさしい日本語の意識付けを行ってきました。また日本語母語の社員の英語学習も進んできたときに、やさしい英語も必要だということで、やさしい日本語とやさしい英語を組み合わせた「やさしいコミュニケーション」を2019年から社内で展開するようになりました。


ーーウィルソンさんが両方教えているんですか?


ウィルソン
 私は日本語を話すファシリテーターをしています。同じチームに英語のファシリテーターもいて、2人でいっしょにトレーニングを行っています。


ーーどのような研修を行っていらっしゃるのでしょうか?


ウィルソン
 具体的なテクニックはあまり話さないようにしています。「言い換え集はありますか」「日本語の文法の一覧はありますか」といった問い合わせは非常に多いんですけれど、全従業員にまず意識してもらいたいのはマインドセットの部分。自分のことを相手に伝える、相手のことを理解するということを重視しています。とはいっても、どうやったら伝わる日本語になるのかというコツは知っておいたほうがいいので、紹介はしています。そこからチームごとに「これをどうやって実践していくか」と考える練習をして、最終的には、チームのコミュニケーション・ベスト・プラクティスをつくってもらいます。

やさしいコミュニケーショントレーニングの実施風景

ーー「伝えたいことを伝える」というマインドから出発する点は『入門・やさしい日本語』と共通していますね。


吉開
 そうですね。いま広く知られるようになってきたやさしい日本語は、すでに存在している文書をどのように書き変えるかというところから始まっている部分もありますし、現在もそういう言い換えリストは必要とされています。でも私が注目したのは、コミュニケーションのところ。何を話すか、対話の姿勢、そういったことを本に書きましたし、ウィルソンさんの、最初にコミュニケーションする姿勢があることに非常に賛同します。
テクニックの部分はどう教えていらっしゃるんですか。


ウィルソン
 私は社員なので、開発を行っているエンジニアたちの実際の会議に出席するんです。そのなかで、学習者には難しい語彙や表現を収集しているんですね。それを使って「こういう表現をみなさんだったらどうやってやさしい日本語で話しますか」と考えてもらうプラクティスをやっています。


吉開
 面白そうですね。たとえばどんな表現ですか?


ウィルソン 専門用語は業務で使っているのでお互い理解できることが多いんですけど、オノマトペは日本語母語以外のメンバーにとって難しいようです。でも現場では「さくさくやっちゃいましょう」「さらっと説明しましょう」などと非常に多く使われています。


吉開 わかります(笑)


ウィルソン あとはモダリティが多い。「〜です。」「〜ます。」と言い切れず、「〜っていうところで…」「〜とかっていう…」と曖昧に終了してしまうセンテンスも非常に多く出現します。言い切ることには、どうしても心理的なブロックがあるんですね。だからトレーニングでは、言い切り型で話したときの、日本語学習者の「わかった!」という表情を見てもらいます。そうすると、これは自分だけの心理的ブロッカーで、相手にとって言い切り型は親切なことなんだと実感してもらえます。


――『入門・やさしい日本語』で紹介している「ハサミの法則」と共通しますね。


吉開 はい。モダリティがあるからダラダラ話を続けることもできてしまう。だから私は、一番短い「単文」をつくってみよう、と。これを今回の本のコアにしました。「やさしい日本語に正解はない」という前提があるなかで、一文を短くする、文を切ることはドリル的に練習できるじゃないですか。その練習を続けるとゲームみたいな感覚で一文を短くしゃべれるようになります。

企業でこれから必要になるコミュニケーション

吉開 ウィルソンさんは社員として入社しているんですよね?


ウィルソン
 私は日本語教育の専門家として入社しています。日本語の学習者に対するカリキュラムやテストの開発もしていますし、日本語母語の人にやさしい日本語を伝える役目もあります。Language Education Teamは、通訳翻訳を行うGlobal Operations TeamやD&Iチームなどと共に、様々なバックグランドを持った社員一人ひとりが最大限パフォーマンスを発揮できる環境づくりをしています。


吉開
 ダイバーシティ&インクルージョンですか。つまり人事ですよね。


ウィルソン
 はい、大きくは人事部(メルカリではPeople & Cultureという部署名)の所属です。


吉開
 私は、日本語教師の活躍する場として、日本人に日本語の調整の仕方、もしくは海外の方とのコミュニケーションのお作法を教えることもあるだろうと確信して活動してきました。たとえば、ある会社の工場に行って、午前中は実習生の日本語教えて、午後はその会社のコミュニケーションのアドバイスをすることもできるよねと、ずっと申し上げてきたんですけど、日本語教師が海外の方に向き合う以外にスキルを使うという発想は、以前は受け入れてもらえないことも多かったんです。ウィルソンさんは、私が理想としていたことを実現されていて、驚きと頼もしさを感じました。


ウィルソン
 恐縮です。英語学習者と日本語学習者がお互いに「あなたの日本語/英語はわかりにくい」とは直接伝えにくいですよね。その間に入って「こういう日本語/英語がわかりにくいんだよ」と伝えるのもひとつの役割だと思っています。チームによっては、1回、トレーニングを受けただけで、勝手に進化していってくれるんですよ。それはすごくありがたいと思ってます。


吉開
 私が所属する電通は大きな組織で、海外拠点もあります。本社の発表は、英語に翻訳して、それを各地でたとえばタイ語やベトナム語に訳す。そのとき、元の日本語が難しいと、翻訳コストもかかるうえに、ポイントが伝わりにくいと指摘する人もいるんですよ。このコロナ禍で何が大事なのか、難しい言葉のなかに埋め込まれてるとわからなくなる。極端なことをいうと命にかかわることにもなります。企業が従業員に対して発するメッセージについても、翻訳しやすい日本語、つまりやさしい日本語を基本にするのは、グローバル企業や日本語非母語話者の社員を雇用する企業の義務になっていくのではないかと思っています。


ウィルソン
 おっしゃるとおりだと思います。スピード命で仕事を仕事しているのに、英語が得意ではない人は英語の文章を書くだけで時間かかって、スピード感が落ちてしまう。そういう悩みを持ってる人に対しては、自動翻訳っていう素晴らしいものがあるんだから 自動翻訳が正しく翻訳できる日本語で書いたらもうそれでオッケーだよって言っています。「自動翻訳で納得いく翻訳を出してくれたら、あなたのやさしい日本語は成功です」という言い方もしてますね。


ーーそれも本に書いてありますね。

『入門・やさしい日本語』(アスク出版)第6章より

吉開 マンガの『ドラゴン桜』に「一文二義がいちばんいい」と書かれていました。一文一義では味気ない。一文三義以上の、関係代名詞に接続詞がついているような文を延々と続けられても理解しにくい。「〜は〜ですから、〜です。しかし〜ですから、〜です」とリズムよくしゃべっていくのが一文二義です。これで企業内のコミュニケーションが行われれば、コミュニケーションコストが下がります。


ウィルソン
 私はパブリックスピーチをしている人をよく見にいくんですけど、一文十義くらいでしゃべっている人もいますよ。1センテンスが3分くらい続いてるなとか(笑)。パブリックスピーチは一文三義までが適切だと言えるといいかもしれませんね。

日本語教師の仕事の幅を広げるために

ーーやさしい日本語はどういう人にオススメですか?


吉開
 人事部門の方にはぜひ知っていただきたいですよね。(メルカリ社のある)六本木ヒルズだけじゃなくて、地方の農業でも製造業でも、外国籍従業員が働いている企業で雇用にかかわっている方は、やさしい日本語を知るところから始めていただきたいです。


ウィルソン
 安心して日本に入ってこられる環境は整えておきたいですよね。日本語は頑張るけど、母語ではないからどうしても不自由はある、でも日本語母語話者はきちんと受け止めてインクルーシブに扱ってくれるっていう安心感があれば、積極的に日本に来て働きたいと考える人も増えるだろうという希望を持っています。


吉開
 インバウンドはCovid-19の関係でしばらく難しいけれども、復調したときには、やさしい日本語ツーリズムにも注目してほしいなと思います。英語ではなく日本語でも、一番短い「単文」でわかりやすく話せば、理解できる外国人観光客は多くいますから。


ーー最後に日本語教育いどばたの読者の方へメッセージをお願いします。


吉開
 私は(日本語教育能力検定)試験に合格しただけで教壇に立っているわけではないのでエラそうなことは言えません。しかし確信しているのは、日本語教師のスキルは教壇以外で生きるところが非常に多いと。ぜひウィルソンさんがやっていらっしゃるように、企業側へのコンサルというか、人事への相談、アドバイスにも仕事を展開してもらいたいです。日本語教師なら当然もっている知識で、ほかの日本人からは「そうなのか」と感心されるようなこともたくさんあります。

あと、日本語教育や多文化共生を学ぶ学生が「専攻してよかった」と思える社会にしていかなければいけないと思っています。ウィルソンさんのように民間企業で活躍している方もいますし、自治体などの多文化共生の分野で活躍している人もいます。おじさんもがんばっていきますので、若い人もこの分野に注目してください。


ウィルソン
 最近、日本語教師の方で発信する人が増えていますが、それが日本語教育の世界で完結してしまってるように見えて、もったいないと感じています。日本語教育に課題は持っているけどどうしたらいいかわからないっていう企業さんは多くてですね。そこに日本語教育に関する知識や専門家の存在が正しく届くように発信していくと、お互いの理解が深まってより良い方向に進んでいくんじゃないかなとイメージします。

「日本語母語じゃない人が入社した、日本語教育やらなきゃ、日本語学校よろしく!」という丸投げも目にしますけど、丸投げしただけでは成果は出ません。当事者意識を持ってもらうのも日本語教師の役目だと思うので、企業に届くような発信ができる人が増えるといいなと考えています。

 

ーー本日はお忙しい中、ありがとうございました!

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著者:吉開 章(よしかい あきら)
電通ダイバーシティ・ラボ やさしい日本語プロデューサー
やさしい日本語ツーリズム研究会 
柳川観光大使
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