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    日本語教師ではないが、あるいは日本語教師になったばかりだが、日本語スピーチコンテスト/日本語弁論大会の指導をすることになった、という人は、日本各地に、また世界各国にいるだろう。しかし、その指導法について触れた記事や書籍はあまりない。そこで、100人をゆうに超える教え子をスピーチコンテストで優勝させてきた、中国のカリスマ日本語教師・笈川幸司先生にzoomでお話をうかがった。

     


    笈川幸司先生(笈川江南学堂校長) 漫才師としてお笑い番組等に出演するも、夢半ばで挫折し、31歳で中国へ渡る。清華大学、北京大学等で教鞭をとり、その学生たちが次々とスピーチコンテスト優勝したことから有名に。著書『笈川日本語教科書』は2010年ベストセラー賞を受賞。現在は、中国各地から集まる学生への特訓や各大学での講演会などを行っている。https://www.shingo-imai.net/

    中国の熱血教師・笈川幸司先生がよくわかる外部リンク

     


    《聞き手》平井美里
    「日本語教育いどばた」編集部員。ライターとして9年働いた後、青年海外協力隊の日本語教師隊員として、2年間、某国の大学で日本語を教えた経験をもつ。現在は当ウェブマガジンのコンテンツ充実に向け奮闘中。

     

     

    ――今日は笈川先生とスピーチコンテストについてお話ししたいと思っています。先生は多くの学生をスピーチコンテスト優勝に導いていらっしゃったとのことですが、必勝法はありますか?
    アナウンサーのような発音と完璧なアクセントで、生意気すぎるくらい堂々とスピーチをするより、審査員が「かわいいなあ」と思えるレベルに整えることが大事だと思います。

     

    ――完璧を目指さないということですか?
    あまりスピーチが上手すぎると、審査員に生意気だと誤解され、嫌われてしまう恐れがあります。
    たとえば、審査員が中国人の先生なら、難しい四字熟語など「日本人には違和感があるが、中国の方が見れば気が利いていると思われる語彙・表現」を、学生の作文に残します。さすがに日本人が「ありえないよ!」と吹き出してしまうようなら削除しますが、「うーん」と言っている間に流れてしまう程度なら消しません。
    日本人が審査員だった場合には、簡単な言葉でわかりやすく、そして日本人好みのストーリーにします。「親孝行」や「社会貢献」、「失敗しても純粋な気持ちでやり続ける」という話は、日本人の先生が審査員のときには効果的です。大人が聞いても勉強になるような、独自性のある内容の作文は、評価してもらえないこともあります。
    また、日本でも中国でも、立場は審査員が上で学生が下、対等ではないという前提があります。冗談も言わず、面白みはないけれど、大人からみると、健気で可愛いと思えるスピーチのほうが高い評価が得られることが多いように感じます。
    つまり、審査員の目線に立っていい発表をめざす、というのが必勝法なのですが、そこまで言ってしまったら、いやらしい感じになりますし、それを感じてスピーチ大会が苦手だとおっしゃる方がいたとしても仕方がないと思います。

     

    ――なるほど。勝ちにいくには審査員の目線を考えることが大切なんですね。納得です。それでは、先生がスピーチコンテストに出場する学生を指導するときの方法を順番に教えていただけますか?

     

     


    指導1 アクセントの間違いを減らす


     

    まずはアクセントの間違いを減らします。 たとえN1試験で満点を取り、1年生の頃から発音がきれいだと言われ続けてきた3年生でも、拍や発音のおかしなところを含めると、3~5分のスピーチのなかに100個ぐらいの問題があります。それを全部指摘して、私が正しいアクセントでゆっくり原稿を読んだ音声を渡し、毎日練習してもらいます。そうすると間違いが80個、60個、40個、20個と、だんだん減っていって、1週間後には数カ所になります。そこで学生は、全部完璧にやりたいという気持ちになります。でも、コンテストでいい成績をとりたい学生の指導では、アクセントの間違いをいくつか残します。最初にお話ししたように、かわいさを残す必要があるからです。一方、優勝するよりも能力を高めたいという学生には、間違いがゼロになるまで指導します。

     

     


    指導2 歩きながら暗記する


     

    作文の暗記は、校庭を歩きながらやってもらっています。そうすると40~50分でほとんどおぼえ、リズムよく仕上がっています。1時間くらい経って戻ってきたときは、暗記ができていて、ほとんど淀むことなく言い続けられます。

     

     


    指導3 言葉に気持ちを乗せる


     

    作文を暗記した段階で多くの学生の頭のなかにあるのは文字だけです。すらすら言えてアクセントが正しくても、棒読み状態です。そこで、「どの言葉にも必ず意味があるはずだから、頭のなかで1つの単語につき4枚の写真を思い浮かべて、その4枚の写真をイメージしながら、その一言を言ってください」と指示します。たとえば「お母さん」というときは、笑顔のお母さん、優しいお母さん、怒っているお母さん、困っているお母さんなど、4枚のお母さんの写真を思い浮かべながら、「お母さん」と言うのです。そうすれば、変に大げさな「(芝居がかった口調で)お母さん! 愛しています!」にはならずに、「(静かに)お母さん、愛しています」と、誰の目から見ても普通と思える伝え方ができるようになります。

     

    ――全部の単語でやるんですか? 先生がいくつかキーワードを選ぶんですか?
    私は全部の単語を4枚の写真に置き換えるよう要求します。ただし、学生の頭のなかは私には見えませんから、学生が本当にやっているかどうかは別です。真面目な学生は全部やりますし、真面目ではない学生は1つのセンテンスを1枚の写真で済ませます。考える時間も1時間で済ませる学生も少なくありません。
    でも、私は聞いたら感じるんです。ここは文字でおぼえている、ここはちゃんと絵や写真やビデオを頭に思い浮かべながらしゃべっている、という違いを。感じるんですが、先ほどからお話ししているように、アナウンサーさんのような完璧なスピーチが求められているわけではありません。私が求めていることの半分もできなくても、コンテストでは、ちょうどよく評価されるケースが多かったです。

     

     


    指導4 ポーズの位置を工夫する


     

    それから、ポーズの位置を工夫します。
    ちょっといま1つの記事読みますね。
    注)zoomでのインタビューから音声を抜き出しましたのでお聞きください。

    このように、聞いてる人が予想できないところにポーズを入れます。もちろん、こういうことばかりやると生意気なスピーチになってしまうので、下手な部分も残し、全体を整える必要があります。

     

    ――最初にお手本の音声を渡すとのことでしたが、その音声はこういう区切り方なんですか? それともベーシックな読み方ですか?
    その日の気分で決めます(笑)。学生がものすごく真面目で「ここで切ったら面白いだろう」と想像できそうにないときは特別な読み方をしますし、本人が工夫して、自分でもできそうなら、句読点で読んだりもします。
    でも基本的に、私が学生たちに教えているのは、みんなが「ここで止まる」と思っているところでは止めずに、みんなが「ここで止まるとは思えない」というところで止めるというスキルです。それが人の心をつかむ話し方になると思います。

     

     


    指導5 丸暗記ではない質疑応答対策


     

    中国のある大学の学生は、スピーチとは別に、質問に対しての答えとして3分間のスピーチを40も50もおぼえていて、どんな質問に対してもすらすらと答えられます。私の教えていた学生はそういう対策をとらず、質問に対してその場で自分の意見を考えて話す練習をしていました。それで、実際のスピーチコンテストで、後者のほうがいい結果になるんだとわかりました。
    もちろん、準備をしないわけではなく、60問くらいの質問をつくってその答えも用意します。そういう準備をすることで、想定していない質問をされてもある程度話せますし、エピソードを使いまわすこともできます。
    指導の時間が足りないときは、「私は○○だと思います。その理由は2つあります」と言って、2つの理由と2つのエピソードを話すという形を指導しています。
    「1つ目はこういう理由です。こんなニュースを見て、私はこんなふうに思いました。だから私はこうです。次に2つ目の理由なんですけど、私のエピソードが1つあるのでお話しさせてください。(自分のエピソード)。自分のお話をしてしまって恥ずかしいのですが、以上の理由で私はこうです」
    これを生き生きと、目をキラキラ輝かせながらひとつひとつ心を込めて話します。

     

    エピソードは自分と離れたところから考えます。いちばん遠いのは、新聞で読んだ・テレビで見たという話題です。次に、自分の学校でこんなことがあったというもの。近いのは、私の友達がこんなことをした。いちばん近いのは自分の話です。1つを自分のエピソードにしたら、もう1つは遠いほうがいいと思います。だって、自分のエピソードばっかりしゃべってるやつって、誰でも嫌じゃないですか(笑)。

     

    ところで、スピーチ以外に50もの回答を暗記していた学生の1人が、コンテストで失敗した後で、私のところに指導を受けに来ました。それで私が質問した瞬間、「(アナウンサーのようなしゃべり方で)妻より先に、死にたい男性8割、その男性達は、今、こんなことを考えています」などと流暢に話し始めたんです。審査員は聞いた瞬間に、「用意したのを話しているだけだな」と思うはずです。だからその学生には、質問をした方の顔を見ながら、「ご質問いただきどうもありがとうございます。……そうですね、その……うん、この考えは、私はとても……、えー、つらいことだと思います」と言ってから、パッと前を向いて、用意した原稿をスラスラ話し出すように指導しました。これは、本当に即興で話しているよう、審査員に思ってもらうためのスキルです。
    また、練習通りの質問がきたときにうれしい顔をしてしまう学生もいました。笑顔で悲しい話をして、2位になってしまった学生もいます。そうならないように、練習中から「絶対に話の内容と合わない表情をしてはいけない」と指導しています。

     

     


    質問1 どんな学生が優勝するの?


     

    先ほど、自分で読み方を工夫できる学生とできない学生がいると言いました。ほかにも、表現や表情を真似できる人と真似できない人もいます。真似ができなくても、「こういう気持ちだからこの表情はダメ」「こういう気持ちだから強い言い方をしなきゃダメ」などと理詰めで説明したら表現できる人もいます。
    自分で工夫できる人、真似ができる人、理詰めで説明したらできる人、いろいろな人がいますが、どのタイプが強いということはありません。練習をちゃんとやって、コンテストの当日に、とても元気で目がキラキラ輝いている人が良い成績を収めることが多いようです。逆に、実力はあるけれども性格的に問題あると思う学生は、本番でしくじることが多いです。

     

    ――何人かの学生を指導し始めたとき、「この学生がいくな」というのはわかるんですか?
    「私は人を見る目がある」と、自信満々に言いたいのですが、逆の場合が結構多いです。期待した学生がダメで、期待していなかった学生が伸びたりします。でも、期待したけどダメだったら、「こういう学生はこっちが油断すると失敗するな」とわかるので、次からは油断しないようにします。
    一方、うまくできていない学生に対して、「実はね、あの先輩もあなたと同じようにこうだったんだけど、最終的にこうなったんだよ」と、モデルを提示したり、実際にその先輩を紹介すると、こちらの想像以上に成長することもあります。これはもうなんともいえないところです。

     

     


    質問2 やる気のない学生に対する指導は?


     

    私のところには、スピーチに関してはやる気のない人は来ませんが、意識が低いせいで、ちょっと練習してうまくなると成長が止まる人がいます。そういう人に対しては、本番まであと1カ月くらいあるならしばらくはのんびりとやりますし、あと1週間くらいしかないなら、ものすごく厳しくやります。最終的にできればいいと思っています。
    いちばん理想的なのは前日に完成することです。2~3日前にその人のピークがきちゃう場合があります。練習をしただけで、気がみなぎっているのがわかります。声がばーんと、私にも壁にもぶつかります。そういう状況を3日前にもってくると、本番では3日前より下手になってしまいます。みんなからは「素晴らしいですね」と言われるレベルではあるのですが……。以前に1カ月前にできあがってしまい、大失敗したことがあります。2週間前に4~5割くらいの出来で、前日に完成するのが理想です。

     

    ――笈川先生のもとには、そもそもやる気のない学生は来ないとは思いますが、クラス全員でスピーチコンテストに挑戦するのに「私は出ません」という学生がいて困る日本語教師はいると思います。そういうとき、もし先生だったらどうしますか?
    最初から「やりたくない」と言う学生は、自己主張が強いので、「司会やってね」と振ります。それ以外にも、審査員の先生たちと連絡をとって当日はお水を用意するとか、タイムキーパーと集計をするとか、何かほかの仕事を割り振って、全員に参加してもらっています。

     

     


    質問3 スピーチコンテストに挑戦する意味は?


     

    舞台に立って大勢の人の前で話をする経験は、社会に出たときに役に立ちます。言語は日本語でもほかの言語でもかまいません。スピーチの基本は何語でも共通です。たとえば先ほどの、人が「ここで止まるだろう」というところで止まらずに、人が「こんなところで止まるわけないだろう」というところで止めるようなスピーチは、何語であっても魅力的なものになると思います。私の教え子の1人は、もう日本語を使ってないのですが、「日本語のスピーチを通して学ぶものがあった」と言ってくれています。彼は、いまロンドンの投資銀行で働いていて、主な仕事は英語でのプレゼンテーションですが、ボーナスだけで数億円も稼いでいます。

     

     

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