日本語クラス潜入レポート vol.1 ヒューマンアカデミー日本語学校

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「どこの日本語学校も日本語教師不足、空前の売り手市場」と言われる一方で、学校とのマッチングがうまくいかずに悩む日本語教師の声も聞こえてきます。「このすれ違いをなんとかしたい!」と、日本語教師が他校の授業を見学してレポートする連載を始めます。学校ごとに日本語の授業も千差万別。このレポートを自分の理想と近い学校を探すヒントにしてください。
 


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◆◆今回の学校◆◆

ヒューマンアカデミー日本語学校
1987年に大阪で設立。現在は東京・大阪・佐賀で、約2000名、30カ国以上の学生を対象として日本語教育を行っている。初級の教材は、オリジナルの『つなぐにほんご』(アスク出版)。また、ベトナムとインドネシアにも拠点がある。日本語教師養成総合講座は全国29カ所で行っており業界最大手。


 

 

 

皆さん、こんにちは! 浦です。都内の日本語学校(アン・ランゲージ・スクール成増校)で専任教員をしています。この企画では、いろいろな日本語学校の授業を日本語教師の視点からレポートいたします。レポーターを任せていただき、わくわく・どきどき・ハラハラ・うきうきでございます!

さて、そんなオノマトペ全開な気分でやって参りました、東京・高田馬場。第1弾の今回は、ヒューマンアカデミー日本語学校東京校にお邪魔させていただきます。こちらの学校ではオリジナル教材の『つなぐにほんご』が2017年に書籍化され、この教科書を使った新しいスタイルの初級のクラス授業が行われているとのこと。一体どんな授業なんでしょう? それでは教室へ……失礼しまーす!

まずは、授業にお邪魔したクラスについて。

  • 初級クラス(今年4月入学、留学生20名)
  • 授業時間  13:30~16:45 1コマ90分×2(休憩15分)
  • 学生の国籍 中国、ベトナム、ウズベキスタン、スリランカ、フィリピン、ミャンマー、ネパール
  • 学習項目 『つなぐにほんご 初級1』8-2 (形容詞過去の普通形)
  • 担当教員 柴田夏実先生

多国籍でにぎやかな雰囲気のクラスでした。

 

 

 

この日の授業は90分2コマでした。

1コマ目
連絡・出欠確認
発音練習(IMJ)
前日の漢字の復習
ミニテスト(ディクテーション)
今日習う漢字についてグループ活動
漢字についてグループ発表
今日の漢字を使った単語の読み・書き練習
翌日の漢字の担当決め
聴解練習(わくわく文法リスニング)

<休憩>

2コマ目
前日の復習(た形)
今日の「場面会話」のイラスト提示
ペアで自由にイラストの会話内容を考える
各ペア発表(自由会話)
「場面会話」のモデル会話をCDで聞きリピート
各ペア発表(モデル会話)
文字を表示して再度モデル会話の練習
文法項目の確認(い形容詞)
会話練習(1)
い形容詞活用練習
会話練習(1)つづき、会話練習(2)、会話練習(3)
文法項目の確認(な形容詞)

 

今回特にお伝えしたいのは、

  1. ゼミのように担当者が発表して学び合う漢字の授業
  2. 会話最重要視! 『つなぐにほんご』を使った授業

の2点です。
私の一番の印象は「学生ががんばる授業」。では、その詳細をレポートします。

 

 

学びあいの漢字の授業

 

前日の漢字の復習が終わったのち、プロジェクターで映し出されたのは……座席表?

全部で4つの漢字(食・飲・勉・強)が書かれていました。

 

先生からは「皆さん、シートチェンジです。」との指示。「わたし、1グループ」「3グループ、ここですか?」と移動を始める学生たち。どうやら、前日のうちに担当の漢字が指定されているようです。

グループごとに座ると、今度は「わたし『読み方』やりまーす。」「わたしは『イメージ』書きますね。」と言いながら、手元にあるミニホワイトボードに各自書き始めました。つまりこの漢字の授業では、各グループに1つずつ、この日に学ぶ新しい漢字が割り振られ、さらに個人が担当に分かれて作業しているんです。

その担当とは、

  1. 読み方
  2. 書き順
  3. 例文
  4. イメージ

「イメージ」ってもしや……と思った読者の日本語教師の方。鋭い。そうです、「イメージ」とは、「漢字の形をもとにイラストを描き、しかもそのイラストが漢字の意味に沿ったストーリーになっている」というものです。そういったコンセプトの教科書も市販されていますが、ここではそれを学生たちに考えさせているということなのですね。にぎやかに話しながら、作業する学生たち。先生は基本的に学生を見守り、口を挟むようなことはしません。

グループ活動のあとは発表です。1グループ5分ずつくらいで、各担当が「1.読み方」「2.書き順」「3.例文」「4.イメージ」を前に出て発表します。

「2.書き順」では、担当者がホワイトボードに書くと同時に、みんなも手を出して空書き。指示も学生が全て主体的に行います。日本に来てまだ2カ月ほどで、もうこんなに発表に慣れているんですね!
「勉」の「4.イメージ」。「ここは帽子 (1)、ここは顔 (2)、手と足があって (3)、『カ』はカバンを持っています (4)。カバンの『カ』です。毎日、ヒューマンアカデミーへ行って、『勉強』しています。」

「4.イメージ」では、漢字にストーリーをつけて、視覚的に印象づけることで漢字を覚えます。ふーむ、確かに漢字が覚えきれない~、と苦しんでいる学習者にはいいかも。
漢字の授業の最後には、明日勉強する漢字が先生より提示され、学生をグループ分けします。こうして翌日、また発表が行われるわけですね。担当者を決めて、お互いに発表を聞き合って学ぶ。まるでゼミのような漢字の授業だなあ、と感じました!

 

 

いっぱい話すぞ! 『つなぐにほんご』の授業

 

さあ次は、『つなぐにほんご』の授業です。休憩時間、廊下に出て、周りの教室をちらちら見てみると……おおっ! どこの教室も机を片付けている! 椅子のみという状態にすることで、学生たちがよりいっそうコミュニケーションをとりやすい雰囲気にするわけですね。

『つなぐにほんご』を使った授業では、「今日のストーリー」として「ある場面での会話」を提示します。まずはこの「場面会話」のイラストを見せ、どんな会話をしているのか、学生に自由に考えてもらいます。特に文型などは指定せず、学生たちは自分の知っている表現で会話を組み立てていきます。そして、各ペアが前に立って会話を発表。その後は、CDでモデル会話を聞き、リピート練習! 皆が会話に慣れるまで繰り返します。ここでポイントなのは、学生は教科書を見ないうえ、プロジェクターでもイラストが映し出されているだけなので、イラストと音のみで「場面会話」を練習するんです。モデル会話(CD)を聞いた後の練習では、使うタイミングや相手、場所によって表現が異なることを示し、場面に応じた表現ができるように指導しているそうです。

そうして覚えた「場面会話」を、また各ペアが前に出て発表します。この授業スタイルに学生たちも慣れているので、恥ずかしがるようなこともなく、ごく自然に積極的に発表しているなあという印象でした。それから、スライドに文字を表示しながら、「場面会話」の内容をさらに確認します。つまり、細かいところまでは内容を理解していなくとも、まずは口を動かしまくってとにかく話す、ということを優先させているようです。「日常でこんな場面に遭遇したら、こういうやりとりをすればいいんだ」というのが、身につくような気がしました。

その後、本日の学習項目である「形容詞過去の普通形」をスライドで簡単に確認したり、教科書に出てくるイラストをやはりスライドで見せてペア練習や発表したり、という時間が続きました。このとき、もちろん学生たちは教科書を見ていませんし、机もないのでプリントやノートに何かを書く、ということもしていませんでした。

先生はというと、もちろん学習内容について説明し、練習の指示出しもしますが、全編にわたり先生の発言は最小限であり、とにかく学生がたくさん発話するよう促す、というスタイルでした。うーむ、「日本語学校の授業」といっても、本当にさまざまな形があるんだ、ということを改めて実感! 徹底したコミュニケーション重視、という『つなぐにほんご』のコンセプトがこうした授業で実践されているんですね。

 

 

 

今回の授業を担当された柴田夏実先生(写真右)に、授業後インタビューをさせていただきました。

 

 『つなぐにほんご』は2017年春に発売されましたが、そのときからこの教科書の使用が始まったんですか。

柴田 書籍の形になった『つなぐにほんご』の使用は昨年からですが、その以前からヒューマンアカデミー日本語学校では、『つなぐにほんご』という名前のオリジナル教科書を使っていました。

 なるほど、もともとあったオリジナル教科書を改訂して出版したのがこの『つなぐにほんご』なんですね。
柴田先生は、ヒューマンアカデミーの日本語教師養成総合講座を修了されているんですか。

柴田 はい。そうです。ただ、ヒューマンの養成講座では、教科書は『みんなの日本語』なんです。

 えっ、そうなんですか。そういえば私の勤務先にもヒューマンの養成講座出身の先生方がいらっしゃいますが、確かに皆さん『みんなの日本語』で勉強されたと……。

柴田 でも、養成講座で『みんなの日本語』を使って、日本語の初級文法の全体像がつかめているおかげで、その知識が『つなぐにほんご』の授業を組み立てる際に役立っています。

 ああ~。そういうことですね。『つなぐにほんご』を教科書として使用していて、学生や、周囲の先生方のようすはどうですか。

柴田 イラストを見せて、学生たちが自由に会話しているのを見るのが楽しいですね。この学校の先生は、そもそも『つなぐにほんご』の教え方に共感してこの学校を選んだ、という方が多いです。ただ、『つなぐにほんご』はイラストを見せて学生が話すように促すことが大切なんですが、新しい先生だと自分でイラストの説明をどんどんしてしまう場合も多くて、そのポイントをわかってもらうのに苦労することもあります。

 なるほど。そういうことは確かにありそうです。今回の授業で使われていたパワーポイントは先生が作られたんですか。

柴田 はい。そうです。『つなぐにほんご』で使用されている場面の絵はすべてデータ化されており、それを各講師が使いやすいように加工しています。加工しながら、授業の構成を考えたり文型考察をしたりしています。

 ところで、『つなぐにほんご』の教科書の中には会話練習がいろいろと用意されていますが、学生のタイプに合わせて、教科書の内容に相当するオリジナルの会話を教師が用意して授業で行う、ということはありますか。

柴田 そうですね、特に禁止されてはいないので……。少し写真を用意して、教科書の会話練習を発展させることはありますね。でも、教科書にイラストも練習もこれだけあるので、わざわざオリジナルのものを準備することはないですかね。

 それだけ、教科書の内容が充実しているということなんですね。つぎに、漢字の授業に関してもおうかがいしたいのですが、漢字は、どのクラスもああいうやり方をしているんですか。

柴田 はい。漢字を学ぶ、ということだけでなく、プレゼンテーション能力を高めることも大きな目的としていますので、漢字圏の学生であっても同じような形で授業をします。

 全体的に、先生はあまり前に出ずに、「学生たちががんばる授業」だと感じました。今回は、授業を見学させていただき、大変勉強になりました! ありがとうございました。

 

 

 

日本語教育の世界は広く、教授法は千差万別……とわかってはいましたが、こうして教室の中に入り授業を見せていただくと、ありとあらゆる日本語教育の景色がある、ということを改めて実感しました。この連載が、「学習者の力を伸ばす授業って何だろう、学習者の満足度を高くするにはどうしたらいいんだろう」と日本語教師の方が考えるきっかけになったらいいなと思います。

今回の授業見学を通して、ビビビッと感じたことがあります。それは『つなぐにほんご』をバイブルとして、学校全体が一丸となり、「理想の授業をどの教室でも実現していこう」という信念! 日本語学校が大きくなれば、クラス数が増え、先生の数が増えます。そうなってくると、どのクラスでも同じ理想に向かい、一定の質の授業を提供するということが大変になると思うんです。それを実現するために、「うちの学校で大切にしていることはこれだー!」という気持ちを具現化したオリジナル教科書を生み出し、それに沿って教師は授業を行っていく。すると、たくさんの教師たちが一緒の方向を目指して進むことができ、授業スタイルにも統一感が生まれる気がしました。

『つなぐにほんご』は、「実際の場面で使える会話力」を最重要視しているので、授業中も学生がとにかく話す、話す。あれだけ発話・発表の機会を与えられていれば、失敗を恐れず、どんどん発言して上達していきそうですね。また、クラスメイトの発表を聞く場面も多いので、他の人の発言から学べることも多そうです。そして、上にも書いたキーワード、「学生ががんばる授業」。学生が主役となり、教師がファシリテーターに徹する授業を目指す先生にとっては、大きなヒントになるのではないでしょうか。

いやはや、日本語教育って、奥が深~い。こんな調子で、さまざまな日本語学校のようすをお伝えし、日本語教育の世界を盛り上げていけたら幸いです。日本語教師や教師志望の方が、先進的な取り組みや現場の空気感に触れられる、そんな連載企画になれたら何より。「うちの学校の授業をぜひ紹介してほしい」「あの学校の授業おもしろいよ」などなど、自薦他薦問わず、見学&レポートさせていただける学校さん募集中です!

 

 

 
 />《取材・文》</strong></span><strong><span style=浦 由実(うら ゆみ) アン・ランゲージ・スクール成増校 専任講師。大学卒業後、420時間養成講座を受講し、日本語教師に。2年間非常勤講師をしたのち、専任になり、教師歴は8年目。授業や専任の業務を頑張りつつ、日本語教育の世界をもっともっと盛り上げていくのが夢。学習者と日本語教師のみなさんの役に立てる教師になりたいです。

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