日本語クラス潜入レポート vol.4 奥多摩日本語学校

最終更新日


日本語学校と日本語教師のマッチングの一助になることを目指して始めた授業見学企画。予想以上に異なる授業の数々に、日本語学校への勤務を希望する人はもちろん、すでに勤めている人、日本語学校以外で日本語教師をしている人にも参考になる内容になってきちゃいました(自画自賛)。今回もゆみ先生ががんばっている日本語学校の授業をレポートします。


index



◆◆今回の学校◆◆

奥多摩日本語学校
奥多摩町(東京都西多摩郡)が、廃校となった中学校の校舎の再活用を公募し、それに対して(株)JELLYFISHの、外国人留学生の日本語教育とITエンジニア養成を目的としたプロジェクトが採択。2017年10月に開校した。本国にて理系大学を卒業し、将来的に日本のIT企業での就労を目指す留学生を受け入れている。


こんにちは、浦です。この連載も4回目ですね。今回も、日本語学校(アン・ランゲージ・スクール成増校)で専任教員をしている私が、他の日本語学校にお邪魔して授業を見学し、日本語教師目線でレポートしちゃいます。本日、うかがうのは東京都内にある日本語学校。そう、「東京都内」ですが、ずいぶん珍しい所にある学校なんです。

到着しました、こちらは青梅線・川井駅。青梅駅からさらに20分行ったところにあります。手前の駅では登山客らしき人が降りたなぁ、なんてことを思いつつ、電車に乗ってやってまいりました。おお、目の前には白い橋、そして山、何だか空気もうまい! 駅の時刻表を見て、1時間に1、2本しか電車がないことに気がつき、帰りの電車を心配したりもしましたが。

駅から学校まで徒歩15分らしいです。ちゃんとたどり着けるだろうかと緊張しながら歩き、しばらく登ると「古里中学校」の文字。ここだ。本日の見学先は、廃校になった中学校を改装してできた「奥多摩日本語学校」です!

2017年10月に開校したばかりのこちらの学校。1期生・2期生が所属するクラスと、3期生のクラス、計2クラスの授業を拝見しました。

・授業時間  午前
・学生の国籍 インドネシア、フィリピン
・学習内容  プロジェクトを進める
・学生の進路 ITエンジニアとして就職

こちらの奥多摩日本語学校、珍しいのはロケーションだけではありません。入学者はすべて、母国でITの就業経験があるか、もしくは情報関係を大学・大学院で専攻していたという方です。そして、目的は進学ではなく、IT企業で活躍する人材として就職すること。さらに特徴的なのは、教科書を使っての一般的な「日本語の授業」ではなく、毎日の学習がプロジェクトベースで行われている点です。はて、「プロジェクトベース」とな。うーん、イメージが湧くような湧かないような。とりあえず教室にお邪魔してみましょう。

「教室で授業」というより、まるで「ミーティング中」

まずは昨年の10月に来日したばかりの3期生のクラス。先生と、パソコンを広げた学生3名が集まって座っています。学生のパソコンは私物を国から持ってくるそうです。IT系のみなさんですから、マイパソコンは持っていて当然ですね。

先生と学生が見ている画面は「Trello(トレロ)」というもの。チームのタスク進捗状況を全員で把握するサービスのようです。「えっ、タスクの進捗状況? どーゆうこと?」と思ったあなた。ごもっとも。実はこちらのクラスでは、3カ月かけてあるプロジェクトに取り組んでおり、それを進めていきながら、日本語の力を伸ばしているんです。

こちらのクラスで行っているのは……「自分が興味を持った日本のITエンジニアに、インタビューをする」というプロジェクト!

  1. 自分で見つけてきたITエンジニアの方に、メールをしてアポを取る
  2. インタビューをする
  3. インタビュー記事をウェブ上で公開する

これを全部、学生が自分でやるんです。しかもチームで分担するのではなく、学生1名につきインタビュー対象者も1名なんとまあ。もちろん先生からの助言はありますが、学生は自分でやるしかありません。

この日は進捗状況報告の日。それぞれの学生が、この間に行ったことを説明します。

Aさんからは、「インタビューの相手にメールを送りました。さっきメールが届きました」との報告。続いてBさんは、アポ取りのためのメールの往復状況について、説明するのが難しそうでしたが、懸命に報告していました。

先生からは、「今の報告、一番大切な情報を言っていないですよね?」「Trelloにタスクを書くときは、いつだれにメールを送ったか、わかりやすく書きましょう。」といったコメントがありました。この様子、「教える先生と勉強する学生」という構図ではなく、「ミーティング中の新人スタッフとチームリーダー」のような雰囲気です。

報告のあとは、学生たちは次のメール返信作業に取りかかりました。先生は文面や添付する資料について個別にアドバイス。なるほど、こうして「教室内ではおさまらない、現実の活動」を進めていきながら、必要な日本語をその場で体感的に学んでいくわけですね。プロジェクトが終わるときには、来日して数カ月でもこれだけのことができた、と学生は達成感が味わえそうです。

1日の授業時間の最後には、各自「振り返りシート」を記入します(ここはあえてのアナログ)。

  • 今日のプロジェクトでできたこと
  • 今日考えたこと、気づき
  • 目標に対してしたこと

こうして毎日自己評価を行うことで、日々の自分の成長を意識できますね。

※この「エンジニアへのインタビュープロジェクト」が無事に終了し、奥多摩日本語学校のウェブサイトで記事が公開されています。インタビュー、記事作成、Webデザイン、アップロードまで、すべて学生のみなさんが行ったそうです。ぜひご覧ください!

http://bit-okutama.jp/interview/

ゲームやウェブサービスを自分たちで制作!

続いて、1期生・2期生の合同クラスへ。1期生は卒業間際ということで、最後のプロジェクトとして実際にリリース予定のウェブサービスを制作中。2期生は昨年4月に入学したメンバーで、「奥多摩の老人ホームに入居する高齢者に向けたゲーム」の開発に取り組んでいます。

この日は各チームのゲーム・サービス内容についてのプレゼンテーションを行うとのこと。その前に、最初は先週のプレゼン時の動画を見ながら、先生からのフィードバックがされました。動画を再生しながら、その横には発言内容や注意点をまとめたメモを表示。「質問に対し、余計な理由部分は言わないように」「プロダクト内容を説明する際に、不必要に笑うのをやめよう」など、仕事を行うプロとしての意識を持たせるようなアドバイスが出されていました。

奥多摩日本語学校では、学生がプロダクトの開発をするにあたり、「プロトタイプの段階」というものを示していました。「プロトタイプ」とは「試作品」という意味。アイディアからプロトタイプを生み出し、それをアウトプット、フィードバックすることでまたプロトタイプをより良いものに作り変えていくそうです。
(「プロトタイプの段階」について関心のある方は、詳しくは奥多摩日本語学校・平澤先生がお書きになったこちらの記事をご参照ください)

この日は第2段階の「CFP(重要機能プロトタイプ)」。そのアウトプットの方法として、プレゼンテーションを行うとのことです。目標は2つあり、「ユーザーのニーズと課題がわかる」「プロダクトの重要機能がわかる」こと。学生はこの日のアウトプットを踏まえて、次の段階の「プロトタイプ」を作っていくというわけです。自分が考えたことを形にして、改良しながら仕上げる……ふむふむ、学校のプロジェクトの中でこうした経験を積むことで、「プロのエンジニア」として育っていくんですね!

老人ホーム向けのゲームを開発した2期生のチーム。パワーポイントでゲームの対象、 内容などについて説明しました。このゲームではプレーヤーの手の動きを認識する「Leap Motion」というデバイスを使用しているそうです。おおー、本格的な感じ~。

1期生チームはウェブサービスの機能をプレゼンしてくれたのですが、こちらのサービスは今後リリース予定のものなので、詳細はまだ記事にはできません! 実際に公開されたら、ぜひみなさんも見てみてくださいね。

プレゼンテーションが終わると、もう一方のチームと先生からフィードバックが行われました。取材に行った我々も、意見出しに参加させていただきました。「ニーズの分析はきちんと行ったのか」「他にもこんな機能を入れてみては」など、真剣にやりとりしていました。アドバイスはその場で発言するだけでなく、ふせんに書き出して「よかった点」「前向きな批判」「疑問」「プラスのアイディア」といったカテゴリに分けて、お互いのシートに貼ります。こうしてみんなで考えを出し合い、企画作りを進めていくんですね。途中から、あれっ、日本語学校に来たんだっけ? ここって、企業の企画開発室だったかしら? と思ってしまうほど、みなさん「お仕事中」の雰囲気で真剣に取り組んでいました。

奥多摩での留学生活はどんな感じ?

授業後、学内を学生さんに案内していただきました。一見昔ながらの学校のようですが、ところどころオシャレにリフォームされているんです。実は、奥多摩日本語学校の学生のみなさんは学校と同じ建物内に作られた寮に暮らしています。ここでどんな生活をしているんでしょうか。

まずは共同キッチン。広々としたスペースで、ちょうどお昼ごはんの準備をされていました。和気藹々と調理中。楽しそう~。食材はどうしているのか聞いてみると、2週間に1回、電車に乗ってスーパーまで買い出しに行っているそうです。

次のお部屋は……おやっ、何やらステキな空間にパソコンが並んでいます。ここは「開発ルーム」と呼ばれ、学生がアルバイトをする場所。どんなアルバイトかというと、実際にITエンジニアとして開発業務に携わっているんです。アルバイトでも開発業務に関わることで、OJTの役割も果たしているんだそう。学生がITスキルを持っているからこそ、周囲に店舗などがあまりなくても、しっかりアルバイトもできるし、将来のためにもなるってことですね。おお、これぞ一石二鳥……いや、二鳥どころじゃないか。

寮のお部屋も見せていただきました。男性のお部屋の個人スペースは、ロフトベッドとデスクスペースが上下に配置されています。空間を有効利用しつつ、秘密基地みたいでちょっとかわいいですね。女性のお部屋も、少人数で楽しそうな雰囲気でした。

案内してくれた学生さんは、週末は電車で少し遠くまで出掛けてリフレッシュしているそうです。ここでの共同生活も、みんながいて楽しいとのことでした。

奥多摩日本語学校の教務主任・平澤栄子先生に、お話をうかがいました。

 「プロジェクトベース」の授業を行っていると事前にうかがっていて、何となくはイメージしていたのですが、実際見学してとてもよくわかりました。プロジェクトを行うことで、実際に働く前の“準備”ができて、ITエンジニアとして成長できるんですね。

平澤 そうですね……。でも、私たちはプロジェクトを働くための準備”のつもりでやっていないんです。何事も“ガチ”でやっています。「勉強のための活動」ではなく、「本物」をやっている。

 「本物」を“ガチ”でやっている、と。

平澤 とはいえ、同時に「学校では失敗はOK」とも言っています。「トライ&エラー」をモットーとしていて。学校自体もできたばかりなので、「トライ&エラー」の繰り返しです。

 そうなんですね。ところで、こちらに入学されるみなさんは、母国でITの就業経験、または大学などで学んだ経験があるとのことでしたが、来日前の日本語レベルはどのくらいなんですか。

平澤 来日前の日本語レベルは全員、ほぼゼロですね。

 あっ、そうなんですか。

平澤 ただ、来日を決めた人には、入学までに「まるごと」のオンラインコースのA1-2まで終わらせることを義務にしています。でも、あとは来日したらすぐにプロジェクトに取り組みます

 奥多摩日本語学校を作る際に、授業をプロジェクトベースで進めるという決断はどのようにされたんですか。

平澤 初めは、少し教科書を使うことも考えていたんです。ただ、そうすると教科書の理念に引きずられてしまう、と考えて。本当にやりたいことは何だろう、と思っていたときに、事業主からも「そういうときは中途半端にいいとこどりしようとせず、思いっきり一方に振り切った形でやったほうがいい」と背中を押されたんです。

 確かに、やるならいっそのこと、という感じですよね。いわゆる試験対策のような授業はされていないんですか。

平澤 はい。日本語能力試験の対策は授業ではしていないですね。自分でどんどん勉強するのはもちろんOKですが。

 プロジェクトベースで進めることについて、学生の反応はどうなんでしょうか。

平澤 やはり、国で受け身の勉強に慣れてきた人は最初は苦労していますね。でも、学生が取り組むプロジェクトは「学校の中だけでは完結しない」ものなんです。たとえば、奥多摩でのイベントで、学生5名が住民120名にインタビューを行ったりとか。そういったプロジェクトをやることで、「自分がやらなきゃいけない」という気持ちにいかにさせるか、というところが大切だと思っています。

 なるほど、学校の外の人も関係してくると、学生も適当なことができませんよね。

平澤 それと、今日の1期生・2期生の合同クラスのように、入学時期の違う学生がいっしょに学ぶことは、経験が引き継がれていくという良さがあります

 ああ~、そういった学びもありますよね。

平澤 プロジェクトで授業を進める、というのは日本語教育業界の方からは驚かれることもあるんですが、ITエンジニアの方からは良い反応をもらうことが多いんですよ。正直、見てみてどうでしたか?

 えっ、うーん、そうですね。正直なところで言うと、あれだけの活動ができてスムーズにしゃべる学生のみなさんなのに、「あっ、意外とこういう初級の単語が出てこないんだ」とか「ちょっと助詞のミスが出ちゃうな」というようなことを思ったといえば思いましたが……。けれど、「そんくらいの間違いがあっても別に大丈夫じゃん」と思わせるくらいの、それ以上の経験をみなさんここで積んでいる、と感じました。発表などを聞いてても内容は十分伝わってますし、それより「自分で考えたものを自分のことばで伝えている」という体験が多いことが、企業で働くうえでは良いんじゃないかと。

平澤 そうですね。

 ところで、授業内で扱っていた「プロトタイプの段階」といった、IT業界に関する知識はどのように収集したのですか。

平澤 それはこちらでひたすら調べました。私たちはIT業界についてはそれほど知識はなかったので。

 ああいったものは先生がお調べになっていたんですね! また、1期生のみなさんはもうすぐ卒業ですが、進路の状況はどうですか。

平澤 1期生は、全員内定をもらいましたキャリアデザインの授業も行っていますが、基本的に就職活動は学生自身でやっていましたね。

 日本でITエンジニアになる、という目標をみなさんしっかりかなえているんですね。学生も先生も「トライ&エラー」で取り組む姿と、プロジェクトで進む授業に大変刺激を受けました。見学させていただき、ありがとうございました!

第4回はプロジェクトベースの授業でITエンジニアを育てる、という奥多摩日本語学校のようすをお届けしました。記事を読んでくださったみなさん、いかがでしたか。「えっ、こんな教え方をしている日本語学校が国内にあるの!?」と驚かれた方も多いのではないでしょうか。今回の見学で私が最も強く感じたことは、めちゃくちゃ根本的ですけど、「日本語の教師」「日本語の授業」って何なんだろう!ということでした。

日本語を教えるにあたって、「学習者は日本語学習に何を求めているのか」「教師は学習者にどうなってほしいのか」といったことについて、教師はそれぞれ考えを持っていますよね。うーん、私も日々悩んでいますが。

今回、奥多摩日本語学校の教室の中にいた私は、「もし日本語 “が” 完璧にできる人を育てられたとしても、その人は日本語 “で” 何ができる人なんだろう」……そんなことを考えていました。文法や漢字・語彙の知識が豊富で正確であること、それが一番大切なのでしょうか。もちろんそれは重要なことなんですけど、そればっかり頑張っても、その人は一体何者になるんだろう、と。(自分自身が中学・高校で一生懸命英語を勉強して、ペーパーテストはそこそこできたけど、今、英語で何ができるかというと何もできないよなぁ。そんな反省も頭をよぎりました。)

奥多摩日本語学校では、学生のみなさんは教室内で収まらない「ガチの活動」を通して、日本語を使って自分の道を切り開く体験を重ねています。受け身の姿勢で授業を受けているだけ、ではないので、きっとこの学校での経験が社会に出たときに大きく花開くのではないでしょうか。

こちらの学校は母国で既にITスキルを学んだ学生が集まっているわけですが、そういった人たちではない学習者が相手でも、今回レポートした授業から学べることはたくさんあるように思います。

話は戻りますが、「日本語の教師」「日本語の授業」って何なんでしょうねえ……。そんな思いが頭を占めると同時に、プロジェクトベースで学習していく、そんな思い切ったこともできる日本語教育って、やっぱりおもしろいじゃん!!という気持ちもふつふつと。日本語教育は本当に自由ですよね。だからおもしろいし、だから悩む。「それじゃ、私は自分のところの学生のために、これからどんな教室を作っていこうかなぁ!」と気合が入った授業見学でありました。

根本的な部分に話が及んで、あんまりまとまってない「まとめ」(?)になってしまいました。さまざまな学校の授業を見学するたび、私自身もいろんなことを考えますこの連載企画が、読んでくださったみなさんの「当たり前」をちょちょいとつついて、「あしたの日本語教育」を考えるきっかけの1つになったらいいな、と思っています。

これからもいろいろな形の日本語クラスをレポートしたいです。「うちの学校の授業をぜひ紹介してほしい」「あの学校の授業おもしろいよ」などなど、自薦他薦問わず、見学&レポートさせていただける学校さん募集中です!

"《取材・文》浦 由実(うら ゆみ) アン・ランゲージ・スクール成増校 専任講師。大学卒業後、420時間養成講座を受講し、日本語教師に。2年間非常勤講師をしたのち、専任になり、教師歴は8年目。授業や専任の業務を頑張りつつ、日本語教育の世界をもっともっと盛り上げていくのが夢。学習者と日本語教師のみなさんの役に立てる教師になりたいです。

シェアする