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    【連載】センパイ! 大学院って何をすればいいんですか!?〈毎月第3金曜日更新〉

    vol.6 海外のセンパイ

    みなさん、こんにちは。ひろこです。
    夏休み中こそゆっくり研究を……と思いつつ、仕事ばかりしてしまいました。
    今回はニュージーランドで修士号と博士号をとり、同国の大学で教鞭を執っているセンパイにお話を聞きました。海外での大学院の話やお仕事について、センパイ、教えてください!

     

    《センパイ》荻野雅由(おぎの・まさよし)氏 カンタベリー大学人文学部日本プログラム、レクチャラー、ニュージーランド日本研究学会 (JSANZ)副会長。ワイカト大学人文学部応用言語学科博士課程修了。博士(応用言語学)。編著書に”Creating New Synergies: Approaches of Tertiary Japanese Programmes in New Zealand”(2016)。クライストチャーチで日本語を学ぶ高校生とつくったダンスビデオ(リンク)がきっかけでひろことつながった。またオンライン・ワールド・カフェの主催者でもある。

    《聞き手》中山裕子(なかやま・ひろこ) 大学卒業後、旅行会社の社員を経て日本語教師に。国内の日本語学校や中東のヨルダンで日本語を教えてきた。今年4月から大学院に進学。でも大学院って何をすればいいのか、わからない! そうだ、先輩方に聞いてみよう!

     

     


    ニュージーランドとの出会い


    ひろこ 今日はお忙しいところありがとうございます。そういえば、はじめましてというか、はじめましてじゃないというか。不思議な感じですね。

    荻野 そうですね。ワールドカフェやチャットではお話ししていましたが(注1)、2人で話すのは初めてですね。

    (注1:荻野さん主催の日本語教育×オンライン×ワールドカフェ(リンク:報告記事)に、ひろこが参加)

    ひろこ 早速なんですが、荻野さんは何がきっかけでニュージーランドに行かれたんですか。

    荻野 元々私は日本の公立高校の英語教師だったんですけど、教員6年目に当時の文部省の日本語指導教員派遣事業、略してREXプログラムに参加したのがきっかけでニュージーランドに行きました。

    ひろこ どんなプログラムだったんですか。

    荻野 公立の小学校や中学校や高校の教員を日本語指導教員として海外に派遣するものです。私以外の教員はオーストラリアやアメリカに派遣されていました。

    ひろこ ニュージーランドに行く前は英語の教員だったのに、日本語の教員として現地で働くプログラムなんですね。

    荻野 そうなんです。それで、私を含めて他の教員も日本語教育のことは知らないので、派遣前に東京外国語大学で4ヶ月間、日本語教育の特訓を受けました。

    ひろこ 派遣期間はどのぐらいですか。

    荻野 20カ月です。

    ひろこ 20カ月間、日本語教師として現地の学校で働かれたんですか。

    荻野 いえいえ、現地では教員の免許がないので1人で教えることはできないんです。なので、私たちの立場は日本語指導教員という、アシスタントみたいなものでした。

    ひろこ なるほど。ではその20カ月間日本語教員のアシスタントのお仕事をされて、ニュージーランドにもっといよう!と決められたんですか。

    荻野 いえ、REXプログラムは海外での経験を日本の教育現場に活かすのが参加者の使命だったので、日本に戻って教えることが前提なんですね。

    ひろこ ちょっとJICAの派遣事業と似ていますね。

    荻野 そうですね。送りっぱなしではなく、日本に還元しないといけないので。

    ひろこ 耳が痛いです……。

    荻野 だから私は日本に戻ってからまた3年間高校で英語教員をして、それから退職してニュージーランドに移住しました。

    ひろこ ニュージーランドに移住しようと思った理由は何ですか。

    荻野 そうですね。ライフスタイルや教育が良かったということと、博士課程で研究したいという気持ちが強かったからですね。日本の高校で教員をしながら研究をするというのはかなり難しいというか不可能だったので。

    ひろこ そうですよね。日本の学校の先生は激務ですからね。

    荻野 そうなんです。部活の指導があるので休日も長期休暇も出勤しなくてはいけないので。

    ひろこ 本当に日本の働き方は過酷ですよね。そういった生活スタイルについてもニュージーランドのほうが荻野さんに合っていたということでしょうか。

    荻野 やはりゆったりしているところがあることと、自然を満喫できるところですね。それに、こちらは1人で5学年を担当することがあり、授業の負担は相当大きいですが、ちゃんと家族との時間が持てるところとか。

    ひろこ 家族の時間、大切ですよね。わかります。私もヨルダンに2年半ですが住んでいたので、家族と過ごす時間は大事にしたいと思っています。

    荻野 ヨルダンでも同じですか。

    ひろこ はい、家族でご飯を食べたり、離れていてもよく電話で話したりしています。残業も夜遅くまでする人はあまりいないと思います。

     

     


    働きながらの研究活動


    ひろこ ニュージーランドに戻ってから博士課程に進まれたということは、修士号は日本で取得されたんですか。

    荻野 いえ、もともとREXプログラムで派遣されているときに研究したいと思って、まずMaster of Philosophyという、日本でいうところの修士課程を始めたんですね。ニュージーランドの大学院には、Course Workと呼ばれる講義が主体のものと、Research Degreeという自分で研究を進めて論文を書くものと2種類あります。私は平日はREXプログラムの仕事があったので、Course WorkではなくResearch Degreeのほうを始めたんです。

    ひろこ では、授業は受けずに論文だけを書いたってことですか。

    荻野 そうですね。指導教官はいましたが、論文の書き方や研究の仕方は自分で学びました。研究についてのセミナーもあったんですが、平日開催がほとんどなので参加できませんでした。

    ひろこ 独学というと、どうやって勉強したのでしょうか。

    荻野 当時はまだウェブ環境も整っていなかったので、日本語の本もなく、英語の本を中心に見ていました。研究の仕方や論文の書き方の本ですね。

    ひろこ 海外で働きながら、研究の仕方を学びながら、論文を書く……。想像しただけでも大変そうですね。

    荻野 大変でしたが、そのときはパートタイムだったんで。本来は1年間で修了しなくてはいけないところを2年でやるという制度です。

    ひろこ あ、それなら日本にも長期履修制度というのがあります。大学にもよりますが。

    荻野 こちらではパートタイムと呼びます。私は本当は1年で終わらせたかったんですね。でも仕事があったのでなかなか終わらず、結局日本に帰国してからも続けたので3年かかりました。

    ひろこ 日本の教員をしながら修士論文を書いたんですね。すごい……。ちなみに修士論文のテーマは何だったんですか。

    荻野 英語教育に活かせることを研究しようと考えていたんですが、実際は日本語教育に携わっていたので、研究テーマは「日本語教育におけるティーチングアシスタントの役割」にしました。自分の立場が日本語教員のアシスタントであるということと、日本で働く場合もALT(Assistant Language Teacher)と一緒に教えていたので、ネイティブスピーカーがいることをどうやったら最大限活かせるかやチームティーチングについて研究しました。

    ひろこ ニュージーランドで実際にやっていることと、日本での仕事に活かせることをテーマにしたわけですね。指導教官はどうやって選んだんですか。

    荻野 研究領域で選びました。私の指導教官はニュージーランドの方なんですが、日本語の習得についての研究をしていたので。

    ひろこ なるほど。

    荻野 そして修士のときの指導教官に博士課程の指導教官もお願いしました。

    ひろこ では、ニュージーランドに戻ってすぐに博士課程を始められたんですね。

    荻野 それが、私の指導教官が博士号をとったばかりで、すぐに学生を受け持つことができなかったんです。指導教官には指導教官のトレーニングがあるので。それでそのトレーニングが終わるのを待っているうちに、以前REXプログラムで派遣されていた学校で日本語教員の空きが出たのでそちらで教えることになって……。

    ひろこ 修士のときと同じく、博士課程も働きながらだったんですね。

    荻野 しかもそのときはアシスタントではなく実質上フルタイムで担任もしていました。

    ひろこ 担任! それはもう研究どころではないのでは?

    荻野 そうですね。いつの間にか博士課程よりも仕事のほうがメインになってしまって。それでなかなか博士課程が終わらなかったんです。

    ひろこ 博士課程を修了するまでどのぐらいかかったんですか。

    荻野 2001年にスタートして、08年には論文を提出して、09年に博士号を授与されました。

    ひろこ フルタイムで働きながら博士課程で研究するというと、毎日どんなスケジュールだったんですか。

    荻野 平日は朝8時ぐらいからスタッフミーティングがあって、それから授業が始まります。授業は午後3時半ぐらいまでで、終わったら帰宅してもいいし、残って仕事をしても構いません。そこらへんが日本と違いますね。

    ひろこ でも、授業がなくても授業の準備やテスト作成や成績など、やることはいろいろありますよね。

    荻野 はい。だから平日は夜11時ぐらいから研究に関係することを始めて、夜中1時ぐらいに寝る。休日は本格的に取りかかる……という感じですね。

     

     


    ニュージーランドでの研究を検討している方へ


    ひろこ あの、荻野さんの経験は本当にすごいと思うんですが、もしこれからニュージーランドで大学院に通おうとしたら同じぐらい大変なものになるのでしょうか。

    荻野 私の場合は仕事をしていたので他の方の参考にならないかもしれませんが、まず働きながらでも博士課程で研究が可能です。そして、もし研究に専念できるなら、こちらでは指導教官との関係がかなり密なものになり得るので丁寧に指導してもらえると思います。論文の書き方もワークショップやセミナーもあるので、研究はしやすいと思います。

    ひろこ その、論文の書き方以外にも講義を受けたりもできるんですよね。

    荻野 そうですね。修士課程にはCourse workがあるので、そちらではいろんな授業を受けることができます。

    ひろこ 逆に、論文だけ書いて学位をもらうことも可能なんですよね。

    荻野 そうですね。Research degreeのほうでは論文だけ書けば学位がもらえます(注2)

    (注2:研究についての基礎知識と実績があることが前提)

    ひろこ わかりました。強い意志があれば!論文が書けるというわけですね。

    荻野 はい。

     

     


    ニュージーランドの教員採用


    ひろこ 博士課程が終わってから何か変わりましたか。

    荻野 ……時間ができた。

    ひろこ な、なるほど! まず生活面なんですね。

    荻野 博士課程の間は常に頭に論文があったので、精神的に大変でしたね。仕事はこのまま高校の教員を続けていこうと思っていたんですが、たまたまいまの大学に空きが出たので運良く就職できました。

    ひろこ じゃあキャリアのためというより研究のために博士課程に進まれたんですね。

    荻野 そうですね。

    ひろこ だからいまも研究を続けたり、ワールドカフェを開催したりといろんなことをされているんですね。

    荻野 博士課程のときにはとにかく1人で本を読んでデータを分析して論文を書くという作業だったので、他人とつながることはほとんどできませんでした。だからいまはネットワークを広げて強めていきたいなと思っています。

    ひろこ 今回は海外のセンパイへのインタビューなので、海外での仕事についても聞いてもいいですか。

    荻野 はい、もちろん。

    ひろこ 海外ではどういった選考があるんですか。

    荻野 海外というか、ニュージーランドの大学では、まず履歴書や応募書類を出しますよね。この書類選考で何人かに絞って、模擬授業をします。そのときに自分の研究内容についてのセミナーもします。

    ひろこ セミナーですか。どういったことを話せばいいんですか。

    荻野 自分がどんな研究をしたかを1時間ぐらいで発表します。もちろん英語で。だから就職したいと思ったら、履歴書と模擬授業とセミナーの準備もしたほうがいいですね。

    ひろこ 模擬授業とセミナーで選考は終わりですか。

    荻野 いや、その後に面接があります。

    ひろこ もちろん英語ですよね。

    荻野 はい、もちろん。で、面接では普通の質問の他に「こういう場面に出会ったらどうしますか?」という行動面接(Behavioral Interview)の質問があるんです。これは定型の質問なのであらかじめ準備したほうがいいと思います。

    ひろこ かなり選考があるんですね。やはり大学だからですか。

    荻野 そうですね。ニュージーランドでは中高一貫教育で5年制が一般的なんですけど、そちらでは書類選考と面接だけが多いですね。で、私が大変だなと思うのは、面接の後に関係者と一緒に夕食を食べるんですよ。

    ひろこ 関係者って、大学の方たちとですか。

    荻野 大学の関係者だけじゃなくて、候補者たちも一緒なんです。つまりライバルたちと一緒にご飯を食べなくてはいけないんです。

    ひろこ それはちょっと気まずいですね。それも選考ですか。

    荻野 はい。やはり選考する側は候補者をより知りたいということで、一緒に夕食をとって様子を見るようです。

    ひろこ つまり人となりを見られるってことですね。

    荻野 はい……。落ち着かなかったですね。でもそれを乗り越えないと仕事がもらえないので。

    ひろこ そうですか。かなり難関ですね。

    荻野 ところで、ニュージーランドはこの20年間日本語学習者が減り続けているんです。

    ひろこ そうなんですか。

    荻野 ですから高校でも大学でも日本語教師の職は限られていますが、こういう状況を打開すべく挑戦してくれる人材が必要です。大学で教えるのは博士号が必要ですけど、私のように高校で教えながら大学院に行くこともできる環境です。このインタビューをきっかけに、ニュージーランドの日本語教育や大学院に関心をもってもらえるとうれしいです。

    ひろこ 今日は長い時間お付き合いいただいてありがとうございました。

    荻野 こちらこそ、ありがとうございました。

     


     

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