ソーシャル・メディアをめぐる冒険 第2回「冒険家の実像」

最終更新日

 

 

【連載】ソーシャル・メディアをめぐる冒険〈毎月第4金曜日更新〉

第2回 冒険家の実像

 

前回の連載第1回目では、ソーシャル・メディアとは何か、そして、なぜ日本語教師や学習者にとってソーシャル・メディアが重要なのかを紹介いたしました。そして、ソーシャル・メディアを仕事に使ったことのない先生にこのようなことを話すと頻繁に聞かれるのが、「本当にソーシャル・メディアで日本語が身につくのか。実例はあるのか」ということです。そこで今回は、ソーシャル・メディアを利用して自律的に日本語を身につけた若者たち(この連載では今後「冒険家」と呼びます)に対して僕がこれまで行ってきたインタビューをご紹介したいと思います。

 

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ソーシャルタイプの冒険家は教科書を使わない


冒険家にはいくつかのタイプがあり、ソーシャル・メディアで日本語話者とつながることを特に中心に日本語を学んだ冒険家を僕は「ソーシャルタイプ」と呼んでいます。僕がインタビューしてきた冒険家の中でも、そうした特徴がもっともよく表れているのがロシアのアンナ・メルニコワさんです。

 

おそらく、一斉授業に慣れた日本語教師がアンナさんのインタビューを聞いてもっとも驚く点は「教科書を使わない」という学習方法ではないかと思います。日本人のいない海外で日本語を学んでいるにもかかわらず、アンナさんは体系的に文型を積み上げて日本語を身につけようとは考えませんでした。その代わりにしたことが、ソーシャル・メディアで日本語話者を探すということだったのです。インタビューの中でも以下は非常に重要なところなので、文字起こししてご紹介します。

 

村上: ロシア人の先生が作ってくれた教科書は初級を勉強できるぐらいですか。

アンナ:いいえ、ひらがなとカタカナしかありませんでした。

村上: あ、そうなの? その、あれよ、その、その後勉強してた教科書のほう。それもひらがなとカタカナだけだったの? そのロシア語で書いてある教科書。

アンナ:はい、そうです。

村上: あ、ほんと。えー、じゃ、あの、そのあと『みんなの日本語』もあんまり使わなかったというと、あの、教科書らしい教科書はそれほど使ってないということですか。

アンナ:うーん、ま、そのとき、いろんなサイト見て、ま、あんまり私あんまり勉強好きじゃないから、教科書とかもあまり、教科書も好きじゃなくて、ネット上のほうがいいと思いました。

村上: あー、そうですか。それは・・・

アンナ:(声が重なる)・・・そして

村上: あ、どうぞどうぞ、どうぞ。

アンナ:はい、そして、最初から勉強のために現地の人と話したほうがいいと思って、日本人の友達を作ったり、日本語でブログを書いたりしました。

村上: おお、それはまさにあれですね、その「冒険家」というタイプの勉強の方法ですね。

 

ソーシャル・メディアを知らない時代に語学学習を始めた僕たちの世代には想像しにくいことなのですが、ここに見られるように、彼らにとっては教科書は語学を学ぶ唯一のリソースではないのです。Web2.0ブームが2005年から2006年ごろでしたから、そのころにインターネットに触れ始めた世代の日本語学習者にとっては、むしろ日本語の教科書を取り寄せるよりはソーシャル・メディアで日本語話者とつながることのほうが簡単なのかもしれません。

 

このように教科書を重視しない姿勢はアンナさんだけではなく、僕のインタビューした多くの冒険家にも共通して見られます。参考文献のところに挙げておきますが、ハンガリーのミシさん(中級からは教科書も使っているそうですが)、ハンガリーのダヴィドさん、スイスのアマンダさん、スロバキアのラドカさん、ルーマニアのジョルジアナさん、カザフスタンのカリナさんなどが、同じように教科書はほとんど使っていないと話しています。(ただし、これらの独習者の中にはアニメやマンガなどのコンテンツから日本語を学び、教科書だけでなくソーシャル・メディアもあまり使っていない人も含まれています)

 

 


学習の最初から日本語話者の友人をつくる


そして、さらに大切なのが、アンナさんの話の最後に出てきた「最初から勉強のために現地の人と話したほうがいいと思って、日本人の友達を作った」という点です。これも僕のインタビューした人の中では、日本語学習を始めて2年でJLPTのN1に合格してしまったマケドニアの大学生ダヴィド・セラフィノブさんや、LINEに100人以上日本人が登録されているというハンガリーのミシさん、カカオトークなどで日本人と話すというスロバキアのサビーナさん、作文添削サイトのLang-8を友達を探すために使ったルーマニアのミハイさん、AKBファンのオンラインコミュニティに日本語で書き込んだりしたというアメリカのケンさんなど多くの実例があります。これらのインタビューもすべてこの記事の最後にリンクをご紹介してあります。

 

でも、ここで1つ疑問にぶつかってしまう人が出てくるかもしれません。ソーシャル・メディアで日本語話者とつながったとして、その後、どうするのか。

 

僕自身も文型シラバスしか知らなかったころなら「つながっても日本語を知らないんだからコミュニケーションできないんじゃないか」と思ったことでしょう。しかし、アンナさんに限らず、ソーシャルタイプの冒険家のみなさんが口をそろえて言うのは、「必要なときに必要なことを調べる」という学習方法です。行動中心アプローチとか探求型学習という考えを知っている先生ならピンとくるかもしれませんね。そう、自己紹介をするには「日本語でどう自己紹介すればいいのか」を調べ、お礼を言うには「日本語でどう感謝を表現するのか」を調べ、相手の名前を聞くには「日本語でどうやって相手の名前を聞くのか」を調べるのです。

 

 


行動中心へのパラダイムシフトが起きている


ここに大きなパラダイムシフトがあります。以前は語学学習というのはまず語彙や文型という「知識」を身につけ、その後に自己紹介や感謝という「行動」ができるようになるのが一般的だったのですが、ソーシャル・メディアなどで日本語話者と簡単につながれるようになると、まず自己紹介や感謝などの「行動」が目標としてあり、そのために必要な語彙や文型などの「知識」を身につけるようになります。当然、行動に必要のない語彙や文型は覚えませんが、行動することが目的なのですから、もちろんそれでいいのです。

 

ただし、それで偏った日本語になってしまうかというと、そんなことはありません。たとえばこのアンナさんもJLPTのN1に合格しています。というのも、こうしたコミュニケーションを日本語で何年か続けていれば、一通りの語彙や文型はカバーしてしまうからでしょう。少なくともアンナさん本人は「JLPTのN1に合格したのは、日本語話者とたくさんチャットしたから」と話しています。

 

さて、それでは僕たち日本語教師がこうしたソーシャル・メディアの力を教室での活動に役立てることは可能なのでしょうか。

 

答えはもちろん「可能」です。ただし、そのためには教科書と語学教師だけが学習リソースだったころに確立された概念をいくつも脱ぎ捨てて、新しい語学教師へと脱皮しなくてはなりません。連載第3回の次号では、その中のいちばん中心的な概念についてご紹介したいと思っています。お楽しみに!

 

 

参考資料

むらログ: ロシアの冒険家、アンナさんインタビュー!
http://mongolia.seesaa.net/article/437142079.html

むらログ: ハンガリー人冒険家ダヴィドさんインタビュー!
http://mongolia.seesaa.net/article/439278434.html

むらログ: スイスの冒険家、アマンダさんインタビュー!
http://mongolia.seesaa.net/article/444812275.html

むらログ: スロバキアの冒険家、ラドカさんインタビュー!
http://mongolia.seesaa.net/article/434614516.html

むらログ: アウトプットなしでここまで上達できる! ルーマニアの冒険家、ジョルジアナさんインタビュー!
http://mongolia.seesaa.net/article/442461526.html

むらログ: すべてはここから始まった。カザフの冒険家、カリナさんインタビュー!
http://mongolia.seesaa.net/article/435166266.html

第2回オンライン日本語教師研修 :「豊かな時代における教師の役割 ~日本語教師不要説」※ゲストにマケドニアのダヴィド・セラフィノブさん
https://www.youtube.com/watch?v=tCoYU2x3Gjo

むらログ: ハンガリーの若き冒険家、ミシさんインタビュー!
http://mongolia.seesaa.net/article/438400475.html

むらログ: カタロニアの冒険家インタビュー!
http://mongolia.seesaa.net/article/434388217.html

むらログ: スロバキアの冒険家サビーナさんインタビュー!
http://mongolia.seesaa.net/article/439666924.html

むらログ: ルーマニアの冒険家、ミハイさんインタビュー!
http://mongolia.seesaa.net/article/440182684.html

むらログ: アメリカの冒険家、ケンさんインタビュー!
http://mongolia.seesaa.net/article/431589604.html

 

 

近刊紹介
SNSで外国語をマスターする方法について筆者がまとめた書籍『冒険家メソッド』(ココ出版)が、近日刊行予定!!

 

《筆者》村上吉文 冒険家。これまで、国際協力機構(JICA)や国際交流基金からモンゴル、サウジアラビア、ベトナム、エジプト、ハンガリーなどへ派遣されてきた。今月からはカナダのとある州の教育省で勤務。ブログ「むらログ」(http://mongolia.seesaa.net/)では、日本語教育とICTに関する記事や、教育機関によらず自らの力で日本語を学ぶ「冒険家」たちについてのインタビューを発信している。

 

 

連載バックナンバー

ソーシャル・メディアをめぐる冒険 第1回「なぜソーシャル・メディアか」

 

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