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    「どこの日本語学校も日本語教師不足、空前の売り手市場」と言われる一方で、学校とのマッチングがうまくいかずに悩む日本語教師の声も聞こえてきます。「このすれ違いをなんとかしたい!」と、日本語教師が他校の授業を見学してレポートする連載を始めます。学校ごとに日本語の授業も千差万別。このレポートを自分の理想と近い学校を探すヒントにしてください。

     

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    ◆◆今回の学校◆◆

    リンゲージ日本語学校
    2017年10月に開校したばかりの新設校。ビジネス日本語に特化し、卒業後は日本企業での就職を目指す。学生数は現在約50名。教室内はwi-fiおよび「1人1台iPadを完備し、オンライン上で課題作成や宿題、試験などを行っている。

     

     



     

    みなさん、こんにちは! 浦です。この連載では、都内の日本語学校(アン・ランゲージ・スクール成増校)で専任教員をしている私が、いろいろな日本語学校の授業を日本語教師の視点からレポートしております。
    さて、今回お邪魔する学校はいったいどんなところなんでしょう。話によると、ちょっと変わった新設校とのことですが……。とにかく行ってみましょう!

     

    さあさあ、来ました、今日の学校の最寄り駅は新宿です。そう、ここは新宿。ザ・ビル街。浦の職場の周りは商店街とスーパーと公園……という感じなので、ひさびさの大都会に若干ドキドキしています。エレベーターでオフィスビルの11階へ上がると、本日見学するリンゲージ日本語学校がありました。新設校ということで、内装もピカピカ。大きな窓からは新宿の景色が見えます。

    フリースペース。大きな窓からは新宿の高層ビル群が見える

    そんな校舎のリンゲージ日本語学校は、在籍する学生がすべて「就職を目指す留学生」であり、授業ではビジネス日本語を扱っているほか、授業・学生管理の徹底したICT化を実践している学校なんです! それでは、さっそく教室にお邪魔してみましょう。

     

    • 中級クラス(留学生12名、配偶者ビザ1名)
    • 授業時間 午前(今回見学したのは4コマのうち前半2コマ)
    • 学生の国籍 ネパール、インドネシア、イラン、ベトナム、中国、フランス、ウクライナ
    • 学習内容 漢字のミニテスト、語彙の読み確認ミニテスト、シャドーイング、ビジネス日本語

     

    教室の机は3つの島が作られ、それぞれ3~6名のグループになって座るスタイル。授業開始直前に中に入ると、学生たちは全員iPadを開いてスタンバイしていました。先生も1台iPadを持っており、教室にはプロジェクターも用意されています。おお、早くもICTの香りが漂っていますね……。さて、今回は「ビジネス日本語」と「ICT活用」の2本柱でレポートいたします。

     

     

     


    就職先で役立つ! 電話応対を学ぶ


     

    まずは、「ビジネス日本語」の授業のようすから。留学生相手のビジネス日本語の授業というと、専門学校では多いとは思いますが、日本語学校では珍しいんじゃないでしょうか。
    「ビジネスのための日本語」という教科書を使用し、この日は取引先との電話の場面を学習します。授業の流れは以下のとおり。

    1. モデル会話の音声を聞く
    2. 学生はスクリプトを見ながら聞き、空欄を埋める
    3. ビジネスの場面で重要なポイントの確認
    4. モデル会話をペアで練習
    5. ロールプレイの練習(教科書のタスクに沿ってやりとりをする)
    6. ロールプレイの発表

    会話の授業としてはベーシックな進め方ですが、出てくることばが「見積書」「○○商事」「お世話になっております」とビジネス感溢れる表現なので、私にとってはなんだか新鮮でした!

    ペアで会話練習の成果を発表。こういうところは一般的な授業と同じです

    先生は要所要所で、ビジネスにおける電話で役立つポイントを指導されていました。

    「ビジネスの電話では『もしもし』は言いません。」
    「『お世話になっております』、これはお互いに言ってね。」
    「どちらが先に電話を切るの? 」
    「自分の会社の人の名前は呼び捨てだよ。」

    などなど、実践で役立つビジネスマナーの話が授業中にたくさん盛り込まれており、勉強する学生たちも真剣そのもの。

    そのほか、同じ会社の人が不在だった場合の言い方(外出中、出張中、席を外しております、休みをいただいておりますetc.)についての話も。学校で日本語に限らずこうしたビジネスマナーを学んでいれば、確かに企業にとっては即戦力ですね。就職を目指す留学生だけを集めているこちらの学校だからこそできる、実践的な授業でした。

     

     

     


    徹底的にICT化! 教室の風景はどう変わる?


     

    さて、今度は「ICT活用」という視点で見ていきましょう。冒頭にも書いたとおり、先生・学生は授業中、1人1台iPadを使用します(このiPadは学校から貸与されるもので、校内でのみ使用可。家に持ち帰ることはできないそうです)。
    教科書は全てPDF化されたものがGoogleドライブ上にあり、学生はiPadからGoogleドライブにアクセスして教科書を閲覧。学期ごとに平均5~6冊の教科書を使用するとのことです。

    ※著作権の侵害とならないよう、こちらではiPadから閲覧するPDFの数と同数の書籍を購入し、学校で保管しているとのことです。あくまで、教科書のデータを学校から貸し出しているとし、PDFデータはダウンロード禁止にしているそうです。

    ということで、学生は学校に来るときは教科書は持って来ないんですね(個人的にPDFデータと同じテキストを書籍で持参している学生もいます)。つまり「今日、教科書持って来るのを忘れました~」なーんてことも起きないわけですね。こちらの学生のほとんどは、iPadで教科書データを見ながら、普通のノートに必要なことを書き込むという形で勉強していました。

    弊社の『日本語総まとめN2漢字』もiPadのなかに。その書籍版(写真はベトナムでライセンス販売されているバージョン)をあわせて持っている学生もいました

    先生ももちろん授業でiPadを活用します。iPadを利用して教科書のページをプロジェクターで映しつつ、手書きの必要があれば隣のホワイトボードを使います。また、音声を再生するときもCDラジカセ等は当然使わず、iPadに入っている音声データをタップしてiPadから直接聞かせるんです。あれやこれやといろんな教材や機材を使うのではなく、全部iPadにひとまとめになっているイメージですね。こんな授業に憧れる先生も多いんじゃないでしょうか。

     

     

    ミニテストを配布、じゃなくて送信


     

    この日見学した中で、一番ICTっぽいなあ、と思った瞬間は、教科書の漢字語彙の読み方を確認するミニテストでした。教科書データを見ながらの8分ほどの自習タイムが終わると、「じゃ、テスト送りまーす」と先生が一言。

    学生はiPadでハングアウト※1を開き、先生から送信されたミニテストのURLにアクセスします。このテストはGoogleフォーム※2を使用していました。

    ミニテストは全部で10問。漢字で表記された単語について、キーボードを使用し、読みをひらがなで入力します。キーボードはこの先就職したら必ず使うでしょうし、こうして日常的にタイピングの練習ができるのはいいですよね。すべての問題に答えたら解答を送信。すると、学生のiPadには自分が送信した答えが正解かどうかがすぐ表示され、間違った問題に関しては正答も表示されます
    一方、先生はというと、教室前方で先生用のiPadの画面を見て、学生が送信してきた解答内容を確認しています。先生は手元の画面を見ながら、「○○さん、2番の問題は勘違いしてた? こう覚えていたの?」と学生に声をかけます。紙でミニテストを配布した場合、教師はたいてい歩いて学生の机を見て回りますが、そうじゃないんだなあとちょっぴり不思議な気分。さらに未来の教室は一体どうなっているんでしょうねえ~。

    ※1ハングアウト:Google提供のメッセンジャーサービス。LINE等と同様に、個人宛やグループでメッセージ、データのやりとりができる。

    ※2Googleフォーム:簡単にウェブ上にアンケートフォームが作れる無料のサービス。アンケートはもちろん、イベントの参加申し込みなどにも使用されている。こんなふうに教室でのミニテストとしても使うことも。

     

     



    リンゲージ日本語学校の岡田悦子先生に、お話を伺いました。はじめに、見学した授業のようすのほかに、どのようなICT化を行っているか説明していただきました。リンゲージ日本語学校でのICT活用は以下のような内容になっているそうです!

    • iPadは学校内のみだが、教科書データはGoogleドライブ上にあるので、学生は自分のスマホ等で移動中・自宅でも教科書データが見られる
    • Googleドライブには教科書データ以外に、授業スケジュール音声データも入っている。
    • Quizlet(無料で利用できるウェブ単語帳サービス)も自習教材として提供。
    • 学生に貸与しているiPadを使って、タイピングの練習のほか、プレゼンテーション作成もさせている。
    • 小さい確認テストはGoogleフォームだが、定期テストは「Talent LMS」というアメリカのサービスを利用。これはオンラインのテストを作れるプラットフォームで、選択式の問題に回答し送信するとすぐに自動採点がされる。結果についてのグラフ、クラス内データも出る。(Talent LMSは有料で、利用アカウント数に応じた価格となる。)
    • 知識の定着度を見るオンラインのテストに加え、プレゼン発表などの口頭テストも行うことで日本語の運用力も測っている。
    • 入国前の学生に、オンラインコースの受講を課している。現在はJLPT N5レベルの内容で、1~2分の映像を見たのち、内容確認のクイズを送信してもらうという構成。人によってかかる期間は異なり、だいたい1~3か月かけて受講する。この入国前のオンライン学習により、ゼロレベルからのスタートでも、日本に来てから初級の「て形」の復習からスタートできる。
    • 初級クラスの導入では、導入教材としてのビデオ(1~2分)が準備されている。これを授業の冒頭で再生することで、どの教師が教えても授業で使う説明の用語の統一がなされている。
    • 教師の授業外の仕事の効率化としては、学校運営システムを母体の会社が開発。成績・出席の管理を一元的に行っている。
    • 教師どうしや、学校から学生への連絡はハングアウトを利用している。教師による授業レポートはクラウド上のファイルを使うため、どこでも閲覧・入力が可能

     

     ICT化を進めている日本語学校の話はちらほら聞きますが、ここまで思いっきりICT化している学校は他にないような気がします。

    岡田 新設校として日本語学校を作るにあたって、特徴づけの1つとしてICT活用・ペーパーレスを目指しました。漢字を書く宿題用のシートをのぞき、基本的に紙の配布物はありません。

     実際に、ICTを活用してみた結果はどうですか。

    岡田 ICT活用は学生のためでもあり、スタッフのためでもあります。特に業務の面ではかなり楽なので、教師の帰る時間がとても早いです。

     学生のiPadの使用については、教科書を見たり、テストに回答したりする以外にはどんなことがありますか。

    岡田 そうですね。たとえば、プレゼンテーションの作成だとか。あとは、授業中のiPad・スマホでの辞書使用は認めています。「先生に聞くまえに、まずは自分で調べなさい」と言っています

     先生方はiPadをどのように活用していますか。iPadを使った独自の教材を準備するといったことはどうでしょう。

    岡田 よくあるのは、学生との話ででてきたものをすぐに画像検索して見せる、といった使い方ですかね。ただ、先生によって教え方や教材にばらつきが出ないように、その先生ならではの教材は用意しないようにしてもらっています。

     ICTのほかには、「就職を目指す学生が集まっている」というのが大きな特徴ですよね。

    岡田 はい。母国で学士以上を取得済みで、「日本で就職したい」という強い気持ちを持った学生を面接で厳選しています。

     ビジネス日本語の授業があるということで、先生方は会社員経験が豊富なんでしょうか。

    岡田 基本的にはそうですね。教師の前職での経験をもとに、実際の現場で役立つ知識を教えています。また、日本語教師以外に経験がない先生でも、熱心に勉強していただける方は採用しています。

     日本語学校の中でも、非常に特徴的な授業を展開されていて、見学させていただき大変勉強になりました。ありがとうございました!

     

     

     


     

    今回はリンゲージ日本語学校の大きな特徴である、ビジネス日本語とICT活用についてスポットを当ててお届けしてきました。この2点に加えて、これからの日本語学校、についてもすこーし書いてみます。

     

    1. ビジネス日本語

    これまでもビジネスマン向けの講座やマンツーマンレッスン、専門学校におけるビジネスマナーの授業などがありましたが、日本語学校の留学生に向けたビジネス日本語の授業はやはり珍しいですよね。こちらの学校の場合、就職をめざす学生が集まっているのですから、学生側も「すぐに役立つ知識」として吸収しようとする意欲が高いように感じました。企業の側としても、しっかりビジネス日本語を学んである学生を即戦力と捉え、採用したくなるでしょうね。
    日本語学校の進学コースに在籍しつつも、就職を目標としている留学生も増えています。ビジネス日本語を教えてほしいというニーズはますます高まりそうですね。

     

    2. ICT活用

    みなさんの現場では、どのくらいICTが活用されていますか? ただ、何でもかんでもとにかくICT化されていれば最高! っていうわけでもないですよね。「何のために、どのようにICTを活用するのか?」、そして「それは本当に学生のため、教師のためになっているのか?」という視点が大切です。

    リンゲージ日本語学校の場合、「新設校としての特徴づけ」「教師の負担の軽減」「就職に直結したPC関連スキルを学生に身につけさせる」という目標があり、それを達成するためのICT活用、という意味でよく機能しているな~と感じました。また、新設校というまっさらな状態だったからこそ、ここまで思い切ったICT化ができたのだろう、という印象も持ちました。

    これから授業や教務でICTの導入を進める現場も多いかと思います。また、次々に新しいシステム、サービスが作られ続けています。学習効果や業務の効率化など、どこに重点を置くかをはっきりさせて、その現場に一番合ったものを吟味しなければならないですね。

     

    3. これからの日本語学校、どうなる?

    この記事の最初のほうに、「ちょっと変わった新設校」と書いたのですが、もしかしたら10年後、20年後、こちらのような学校は「ちょっと変わった学校」ではなくなっている可能性もあるな~、と。

    日本国内にずいぶんたくさんの日本語学校ができました。求人サイトを見れば、今も新設校の情報がたくさん。今あるたくさんの日本語学校は、将来同じ形で残っているんでしょうか。「試験対策にはどこにも負けない!」「アクティビティが盛りだくさん!」「福祉系に進みたいならうちへ!」「どこよりも充実した就職支援!」などなど、各校が独自の特色を打ち出し、しのぎを削る戦国時代がすぐそこに……?

    不安なような、楽しみなような。そんな未来にも思いを馳せてしまう、今回の授業見学でありました。

     

    何だか着地がずいぶんでっかい話になっちゃいましたが、今回も新たな教室の景色をのぞき、ドキドキわくわく。これからも日本語学校のようすをお伝えし、日本語教育の世界をもっと盛り上げていきたいです。「うちの学校の授業をぜひ紹介してほしい」「あの学校の授業おもしろいよ」などなど、自薦他薦問わず、見学&レポートさせていただける学校さん募集中です!

     

     

     

    "《取材・文》浦 由実(うら ゆみ) アン・ランゲージ・スクール成増校 専任講師。大学卒業後、420時間養成講座を受講し、日本語教師に。2年間非常勤講師をしたのち、専任になり、教師歴は8年目。授業や専任の業務を頑張りつつ、日本語教育の世界をもっともっと盛り上げていくのが夢。学習者と日本語教師のみなさんの役に立てる教師になりたいです。

     

     

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